ノンフィクション | 気になる風景

ノンフィクション

仕事帰りの地下鉄の中。
週末という事もあってか割りと混み合っている。

吊り革を握る私のすぐ前には長椅子に座るお姉さん達。
詰めて座って無いから、もう一人は座れるが、乗換えまで15分程度なので別に構わない。

そこへ 顔の赤く焼けた野球帽の 年は60くらいのオヤジが乗り込んで来た。

私の横に立ち
「ねーちゃん、空けてーや」と言って
「すみませんあせる
と言うお姉さんの間に座り込んだ。
耳にはイヤホン、演歌でも聞いてるんだろうか。



しばらくしてから その長椅子の端に座ってベビーカーの赤ちゃんを連れた若いお母さんの目の前で事件は起きた。

週末の遅い時間、お酒も入っているのだろう、若者二人が私のすぐ横で胸ぐら掴んで睨み合っている。

今までに電車の中で こんな光景は見た事が無い。

もう、今にも二人の拳が飛び交うのではないかと 周囲の人々に緊張が走る。

一番被害を受けるなら すぐ下にいるベビーカーの赤ちゃんなのだ。



そこへ あのオヤジが立ち上がった。
若者の間に立ち、二人に掛けた言葉は

「にーちゃん、止めときーや!」



このひとことがその場を救った。
緊張感は和らぎ、二人の取っ組み合いの手が緩む。




間も無く電車は終着駅に着き、赤ら顔のオヤジはまた 若者に近付いた。


「にーちゃん、すまんかったな、仲よーしーや」
と 先ほどとは打って変わって優しい声。


こちら側の若者からは 緊張ほぐれないままの中にも笑顔が見えた。
オヤジの肩に手を回して感謝の気持ちを伝えている。




周囲の誰もが硬直していた中、あのオヤジはそれを救った。
大人である行為を当たり前の様に振る舞うこと。

都会では他人は他人、と関わり合いを敬遠しがちな所だと思い込んでいた私をハッとさせられた。

席を譲るのも当然な事だ。

人は見た目では判断出来ない。
今、あのオヤジは私の中で 英雄と化している。

でも、そう思ってしまう自分が情けない。