「どこに行きましょうか」
「確かMさん、日曜はカレーの日じゃありませんでしたか?海軍みたいに…」
「いや、カレーはいつも学食で食べてるから、今日はいいよ。以前Y子さんと行った、ひつまぶしでも行きましょうか」
Mは、以前出張で名古屋に来たY子先輩と一緒に行ったという、地下街にあるひつまぶしの店に連れて行ったが、満席で人が並んでいた。「じゃあ、お好み焼きでも」とMは言って、地上に出て、近くのお好み焼き店に入った。
先ほど遅めの朝食を食べたわたしは正直あまりお腹はすいていなかった。一番安いお好み焼き定食を注文した。Mはお好み焼きにマヨネーズをたっぷりかけた。わたしは定食を全部食べきれず、残りをMにあげた。店内はBGMがやかましく、わたしの声は小さいので、あまり落ち着いて話せる雰囲気ではなかった。
「timeさんはあまり変わってないね。僕はこんなに太ってしまったけれど」「食事とか、運動とか、身体には気を付けてくださいね。わたしも冷え性を直すために、時々近所の公園を走っているんです」
直観だが、ストレスからお酒を飲みすぎているのではないかと、Mの身体が心配だった。
「ところでいくつになったんだっけ?」「32です」「そうか、僕はもう35だし、そういえばTさんも40になって、東京に行っちゃったし…」「え?T先生が…」「知らないの?」「ええ、それは…知りませんでした…」
なぜMは突然、年齢の話題から、Tの話を持ち出したのか。Tがもう九州にいないことを知らされ、わたしは明らかにうろたえていた。
Tは、わたしがMに出会う二年前(大学四年)に喧嘩別れした「第二の哲学者」だった。
お互い九州にいれば、いつかは和解する機会もあったかもしれない。
もうTとは永遠に和解する機会が失われてしまったように思えた。
学部時代にゼミを受けさせてもらえなかった雪辱を晴らすべく、わたしはTを論破しようと、学部とは別の大学院に進学し、その大学院の思想系の研究会に発表しに来た「第二の哲学者」に二度ほど闘いを挑んで、バトルを繰り広げた。一度はその様子をY子先輩も目撃している。
そんなわたしのTへの複雑な思いを、Mはずっと以前から知っていたのかもしれない。Y子先輩や、あるいはT本人から、何か聞いていたのかもしれない。
第一の哲学者K、第二の哲学者T、第三の哲学者M
わたしがこれまで出会った三人の哲学者K、T、Mは、それぞれ出会った場所は全く違うけれど、出会い方には共通点があった。それは、三人とも彼らがその場所に来た「最初の年」に出会ったということだ。「最初」という年は一度しか来ない。他のどの年とも異なる。だからこそ余計に印象深い。三人とも、まるで〝訳ありの転校生〟の様な登場の仕方だった。わたしは少し先にその場に来ており、彼らと出会ったのは、彼らがまだ新しい場所に来たばかりで環境に馴染めていない時期だった。そして三人ともドイツ思想系の哲学者であった。
出会った頃
一人目の哲学者は、
Yシャツのカラーを何か金具の様なもので、かっちりと留め、どこか窮屈そうな襟元だった。
二人目の哲学者は、
カジュアルなブロードの白シャツに、第一ボタンをはずし、ネクタイは緩めに締めていた。
三人目の哲学者は、
いつも地味なグレーの長袖のトレーナーを着ていた。
一人目と二人目の共通点は、色白で背が高いということ。ただし一人目は体格がよく、二人目はスラリと線が細かった。三人目はわたしよりも小柄であったが、顔や目は大きく、落ち着いた良い声をしていた。二人目と三人目の共通点は、研究分野がほぼ同じで、わたしと出会う以前、関西の大学院で同じゼミの先輩・後輩の関係にあったことが後に分かることになる。一人目と三人目の哲学者の共通点はどちらも九州の出身であるということだ。二人目だけが九州とは正反対の北の大地の出身だった。
TとMとわたしは、お互いにそれぞれ全く別々の場所で出会っており、後に各々のつながりを知ることになる不思議な巡り合わせだった。もし一人目の哲学者Kに出会わなければ、もし三年浪人しなければ、わたしは大学・大学院で、自分の専門外であるドイツ語や思想系の授業をとることはなく、第二、第三の哲学者とも出会うことはなかったかもしれない。わたしの中で、この三人の哲学者との出会いは、一連の出来事として位置づけられていた。
第二・第三の哲学者が、歳の離れた第一の哲学者ともどこかで接点があるとは思えないが、かつて第一の哲学者が働いていたという名古屋で今、第三の哲学者が働いているというのも奇妙な偶然だった。しかも愛知(philosopia)とは哲学者にふさわしい地だ。