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Mと別れた後、もう一度先ほどの公園のほうへ歩いた。テレビ塔から眺めたときに、気になるアーチ型の歩道橋が見えたからだ。今は白く塗られているが、かつては放浪詩人がかなたに見た「みずいろをした大仕掛けのアーチなす歩道橋」だったのかもしれない。そのアーチの上に立って道路を眺めると、ちょうど「往復八車線」だった。
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アーチを渡り、先ほどMと来たロサンゼルス広場を抜け、さらに奥のいこいの広場へと進んだ。緑の多い公園の中の石の腰掛けに座り、第一の哲学者がこの地で書いた詩集『夏の庭』を開いた。蝉の大合唱が響く森の中、周りには数羽の鳩しかいないので、「街を歩く女絵描きの息づかい」を自分の嫌いな声に出してボソボソと朗読してみた。とても長い詩なので、この息づかいは大変だった。公園のさらに奥の並木道へ進むと、道ばたに蝉の抜け殻を見つけた。ここがこの久屋大通公園の北の端だった。
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先ほどのアーチに戻って、アーチの下をくぐる往復八車線に沿って西へ歩くことにした。しばらく歩くと、女絵描きの詩の中で放浪詩人がうずくまっていたと思われる歩道橋を見つけた。おそらく放浪詩人はこの位置から「みずいろをした大仕掛けのアーチなす歩道橋をかなたに見」たのだろう。
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ここで交差する通りは、放浪詩人が歩いて行ったと思われる歓楽街へと続いていた。わたしもその通りに沿って南へと歩いた。放浪詩人の詩の中に描かれていた「ホステス募集」の広告などが確かに貼られていた。しばらく南へ進んでいくと、先ほどMとお好み焼きを食べた店のあたりに出た。そこから東へ進み、久屋大通公園の南の端の噴水の広場へ出た。そこにも疾走するドルフィンはおらず、4・5歳くらいの少年少女が湧き水の周りで楽しげにはしゃいでいた。もう夕暮れだった。「夕刻 真夏が闇を解体し…わたしは夕闇の街を歩む」といきたいところだったが、帰りの電車の時刻が迫っていたため、地下鉄で名古屋駅へ直行し、九州へ戻る新幹線に飛び乗った。
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「夏が来る…」

夕暮れの窓の景色を眺めながら、第一の哲学者Kの『夏の庭』(1991年初版)を心の中で暗唱した。

「われわれの烈しい夏の孤独は おそらく倫理学に近い…」

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テレビ塔から降りて、真夏の照り返しの強い公園を歩いた。池の中の飛び石を渡り、鷲の銅像のある広場へ出た。その下にはハリウッドスター達の手形や足形が埋め込まれていた。「あ、グレゴリー・ペックだ」とMは言った。しかし小柄なMは自分の手足をそこには合わせず、となりのマリリン・モンローの小さな手形・足形に自分の手足を合わせていた。

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Mは「暑いから少し休憩しようか」と言って、近くの喫茶店に入った。アイスティーを頼んだ。Mは出会った頃の卑屈さとは打って変わって、やや冗舌になっていた。仕事を始めて少しは自信がついたのだろうと思った。逆にわたしは自分の声に自信がない、という話をした。
「僕は普段から授業で大きな声を出しているから、今なら選挙の演説だって出来るような気がするよ。もし政治家になったら、まず日本の借金を何とかして、少子化に歯止めを掛けるために、非正規雇用を改善しないと結婚も出来ないし…」とMは言いかけて「そういえば去年、見合いをさせられたって聞いたけど…」と訊いた。「相手の方は全く悪い方ではなかったのですが、自分に結婚の意思がなかったので、申し訳なくて断りました。相手の方のせいではないのですが」「でも結婚はしたほうがいいよ。少子化なんだし…」
結婚や出産は個人の自由であって、いくら少子化でも国家や第三者に干渉されるべきものではないとわたしは考えていたので、ずいぶん保守的なことを言うのだなと思った。そのためか少しわたしの表情がこわばったのかもしれない。Mは何か勘違いをして、「いや、僕とってわけじゃなくて…」と慌てて言葉を濁した。

「来年で任期が切れるけど、今の学長なら再任用してくれるかも…。今までは就職支援の仕事ばかりだったけど、最近になってようやく思想系の授業を受け持つことができたんだ。教養の授業だけど。今から帰って学生にお勧めの本の紹介原稿を書かなきゃならないんだけど、Cの本にしようかな」

Cとは、第二の哲学者Tが研究している思想家だった。私は大学3年の時に留学先のミュンヘンでCのtagebücherを購入したことがある。その後、Tとはけんか別れをしたため、大学院で出会った研究分野の近いMにCのtagebücherを渡したのであった。

「あなたはわたしが出会った三人目の哲学者です」とわたしはMに告げた。
「え?僕?」と目を丸くしたMにはその意味が分からないようだった。

わたしは昼食のお礼にMにお茶をご馳走して、店を出ようとした。Mは店の入り口のケーキのショーケースに目をやり、少し名残惜しそうにしていた。先ほど歩いて来た公園の道を戻り、地下鉄の駅へ続く地下街でMと別れた。須臾の2時間半であった。

優柔不断なMとは5年ぶりであったが、おそらく次にまた再会するのも5年か10年先だろうと思った。Mがドタキャンを繰り返すのは、単に不誠実とも言い切れなかった。小柄なMにとって身長165cmの大女と歩くのは恥ずかしいことだったのかもしれない。

政治家に興味はないけれど、あの卑屈だったMが「もし政治家になれたら」と大きな夢を語れるくらい元気になったのかと思うと嬉しかった。

(後にMも転勤で名古屋を離れることになる)

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騒々しいお好み焼き屋を出ると、外は真昼の太陽がまぶしく照りつけていた。
「騒がしい店で悪かったね」
「すみません、ご馳走になって…。これよかったら、種子島のお土産です」
2週間ほど前に父の人工衛星の打ち上げを見に行った時のお土産の干し芋(安納芋)をMに渡した。Mは仕事が忙しいと言っていたので、本当は昼食だけで別れる予定だった。

「これからどこに行くの?」「テレビ塔に上って、その辺の公園を散策してみます」
地理屋(フィールドワーカー)というのは、初めての街に来るとその街で一番高い所に登って、街の構造を把握したがるものだ。
「じゃあ、テレビ塔まで付き合うよ」
そう言って、テレビ塔へ向かって一緒に歩き出した。

晴れた日の日曜ともあって、栄の繁華街は人でにぎわっていた。
通りの向こうに見える、大きなクリーム色の
Fran franの路面店は、インテリアを選びに来た恋人たちで満たされている。

「やっぱり、食べ物は九州の方が美味しいよ。こっちは味噌カツとか、こてこてした味付けが多いからね。人の感じも九州の方がいいよ」
「お隣の三重の方は、蛤とか伊勢海老とか松坂牛とかありますけどね。名古屋は人口どのくらいなんですか?」「200万ちょっとかな」「じゃあ、F市の1.5倍くらいですね。人口多いのですね。ところで、このあたりに古ぼけた映画館ってありますか」
「映画館?駅の方にあるかもしれないけれど…そういえば映画もずいぶん見てないなぁ」
放浪詩人が立っていた映画館は見つけられなかった。

テレビ塔のある公園の方へと歩いた。
「イルカの噴水ってありますか?」
「噴水ならそこにあるけど、イルカは見たことないなぁ…」
そこにイルカはおらず、
何の変哲もない噴水の前で写真を撮った。
噴水の周りには
青と白のツートンカラーのパラソルを立てたテーブルで
休息する人々がいた。

テレビ塔の入り口で入場切符を買い、シースルーエレベーターに乗り、エレベーターガールの解説を聞きながら展望室へと上がった。そこにはやたらと「恋人の聖地」といった看板等が目に入り、気まずく、展望室の外側のデッキに出た。そこから名古屋の町が一望できた。「アドバルーンはないですかね」「アドバルーン?」
わたしはリュックから『夏の庭』の本を取り出し、展望デッキからアドバルーンを探したが見あたらなかった。

Mはデッキの端まで来ると急に足をすくめた。
「どうしたんです?」「実は…高所恐怖症なんだ」
Mがそれを隠してここまで付き合ってくれたのかと思うと申し訳なくなって、慌てて展望室に戻った。しばらくソファーに腰掛けて、展望室のガラスごしに景色を眺めながら、雑談をした。

「あの時timeさんがあの公募を教えてくれなかったら、今もまだ仕事に就けていなかったかもしれない。本当にtimeさんには感謝しているよ」
そう言うわりに、Mは就職してからほとんど音沙汰がなかった。

昨夏「今度九州に出張に行くから食事でも」と電話があったが、直前になって「台風が近づいているからやっぱりやめよう」とドタキャンをしたりするのだった。今回も「近々、出張で九州に行くから」と電話があり、その頃ちょうど私が『夏の庭』の舞台を探しに、名古屋と桑名宗社の石取祭を観に行く予定を立てていたので、「名古屋でもいいですよ」と言ったが、直前になって「やっぱり仕事が忙しいので」といつものドタキャンをしてきた。だから今回も名古屋でMに会えるとは思っていなかったが、名古屋に着く前日にまた電話をしてきてドタキャンのさらにドタキャンをしてきたのである。

「あの頃のMさんは本当にまっくらな表情をしていましたからね。今はお元気そうでなによりです」

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「どこに行きましょうか」
「確かMさん、日曜はカレーの日じゃありませんでしたか?海軍みたいに…」
「いや、カレーはいつも学食で食べてるから、今日はいいよ。以前Y子さんと行った、ひつまぶしでも行きましょうか」

Mは、以前出張で名古屋に来たY子先輩と一緒に行ったという、地下街にあるひつまぶしの店に連れて行ったが、満席で人が並んでいた。「じゃあ、お好み焼きでも」とMは言って、地上に出て、近くのお好み焼き店に入った。

先ほど遅めの朝食を食べたわたしは正直あまりお腹はすいていなかった。一番安いお好み焼き定食を注文した。Mはお好み焼きにマヨネーズをたっぷりかけた。わたしは定食を全部食べきれず、残りをMにあげた。店内はBGMがやかましく、わたしの声は小さいので、あまり落ち着いて話せる雰囲気ではなかった。

「timeさんはあまり変わってないね。僕はこんなに太ってしまったけれど」「食事とか、運動とか、身体には気を付けてくださいね。わたしも冷え性を直すために、時々近所の公園を走っているんです」
直観だが、ストレスからお酒を飲みすぎているのではないかと、Mの身体が心配だった。

「ところでいくつになったんだっけ?」「32です」「そうか、僕はもう35だし、そういえばTさんも40になって、東京に行っちゃったし…」「え?T先生が…」「知らないの?」「ええ、それは…知りませんでした…」
なぜMは突然、年齢の話題から、Tの話を持ち出したのか。Tがもう九州にいないことを知らされ、わたしは明らかにうろたえていた。

Tは、わたしがMに出会う二年前(大学四年)に喧嘩別れした「第二の哲学者」だった。
お互い九州にいれば、いつかは和解する機会もあったかもしれない。
もうTとは永遠に和解する機会が失われてしまったように思えた。

学部時代にゼミを受けさせてもらえなかった雪辱を晴らすべく、わたしはTを論破しようと、学部とは別の大学院に進学し、その大学院の思想系の研究会に発表しに来た「第二の哲学者」に二度ほど闘いを挑んで、バトルを繰り広げた。一度はその様子をY子先輩も目撃している。

そんなわたしのTへの複雑な思いを、Mはずっと以前から知っていたのかもしれない。Y子先輩や、あるいはT本人から、何か聞いていたのかもしれない。

第一の哲学者K、第二の哲学者T、第三の哲学者M
わたしがこれまで出会った三人の哲学者K、T、Mは、それぞれ出会った場所は全く違うけれど、出会い方には共通点があった。それは、三人とも彼らがその場所に来た「最初の年」に出会ったということだ。「最初」という年は一度しか来ない。他のどの年とも異なる。だからこそ余計に印象深い。三人とも、まるで〝訳ありの転校生〟の様な登場の仕方だった。わたしは少し先にその場に来ており、彼らと出会ったのは、彼らがまだ新しい場所に来たばかりで環境に馴染めていない時期だった。そして三人ともドイツ思想系の哲学者であった。

出会った頃

一人目の哲学者は、
Yシャツのカラーを何か金具の様なもので、かっちりと留め、どこか窮屈そうな襟元だった。

二人目の哲学者は、
カジュアルなブロードの白シャツに、第一ボタンをはずし、ネクタイは緩めに締めていた。

三人目の哲学者は、
いつも地味なグレーの長袖のトレーナーを着ていた。

一人目と二人目の共通点は、色白で背が高いということ。ただし一人目は体格がよく、二人目はスラリと線が細かった。三人目はわたしよりも小柄であったが、顔や目は大きく、落ち着いた良い声をしていた。二人目と三人目の共通点は、研究分野がほぼ同じで、わたしと出会う以前、関西の大学院で同じゼミの先輩・後輩の関係にあったことが後に分かることになる。一人目と三人目の哲学者の共通点はどちらも九州の出身であるということだ。二人目だけが九州とは正反対の北の大地の出身だった。

TとMとわたしは、お互いにそれぞれ全く別々の場所で出会っており、後に各々のつながりを知ることになる不思議な巡り合わせだった。もし一人目の哲学者Kに出会わなければ、もし三年浪人しなければ、わたしは大学・大学院で、自分の専門外であるドイツ語や思想系の授業をとることはなく、第二、第三の哲学者とも出会うことはなかったかもしれない。わたしの中で、この三人の哲学者との出会いは、一連の出来事として位置づけられていた。

第二・第三の哲学者が、歳の離れた第一の哲学者ともどこかで接点があるとは思えないが、かつて第一の哲学者が働いていたという名古屋で今、第三の哲学者が働いているというのも奇妙な偶然だった。しかも愛知(philosopia)とは哲学者にふさわしい地だ。

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翌朝、駅前のホテルを出ると、
隣のビルの1階のドラッグストアのショーウィンドウには、
巨大な美女たちの化粧品のポスターがたくさん貼られていた。

2012年の『夏の庭』の〝コーラをすする赤い唇〟は、
安室奈美恵だった。
キャッチコピーは〝だって、クチビルは忙しい〟
その隣のマキアージュは〝また、会いたくなる 美しいまなざし〟
第一の哲学者Kの15年前に見たあの美しい横顔をもう一度見たいと思うが、
わたし自身は、また会いたくなるような人間だろうか

名古屋といえば〝喫茶店文化〟
朝食は名古屋の第三空間でモーニングを食べようと
名古屋市民のたまり場になっている喫茶店を探しに、
地下街へ下りた。

地下街の人ごみの中を南へ向かってまっすぐ歩いた。

最初に通りがかった地下街の靴屋は
女性物の靴ばかり置いているわりに
店員は二人とも男だった。

いくつかの喫茶店や靴屋を通り過ぎ、
パンのバイキングで賑わっている喫茶店へ入った。
目の前のバイキングカウンターに
めったにでないサンドイッチが置かれると、
人々の手が伸び
驚くべきスピードで消費されていく
パンたちの午前。
それらを観察しながら
わたしも朝食を食べる
パンと、飲み物と、ゆでたまごで膨れたお腹で、店を出た。

地下街で最後に見かけた靴屋の店員は女性だった
レジのところで台帳を見ながら、仕事をしている。
朝早いので、客の姿は見当たらない。

地下街から、上にあがると、どこかのビルの1階に出た。
そこでは水族館のイベントが行われていた。
小さなフグたちがかわいらしい
水槽をのぞき込む人、携帯で写真を撮る人
それらをさらにわたしが撮る

外に出ると、ミラー貼りの、巨大な専門学校のビルが現れた。
ここを起点とし、錦通りを東へ向かってまっすぐ歩き始めた。

おそらくここが、「女絵描き」の歩いた「中央通り」ではないだろうか。
「町を歩む女絵描き」になったつもりで歩いてみる。
光る雲を浮かべた夏色の空は
どこまでも青く続いている。

錦通りを歩き始めてすぐ左手に小さな公園があった。
芝生はないが、「公園の木陰に寝そべる男」が本当にいた。

さらに歩むと、右手に見える高速道路の高架下で
生活を営む一人の老人。

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川にかかる錦橋を渡ってしばらく行くと、また左手に公園があり、
ベンチに座って本を読む一人の外国人。

しばらく行くと左手に「長者町繊維街」というさびれた商店街が目に入った。

「明るすぎる回廊」をさらに奥へと進む

歓楽街(明るい闇)の入口を左に通り過ぎたが、
右手に「世紀の書房」は見当たらなかった。

向こうに公園が見える大きな通りへ出た。
交差点の斜め向かいには、三越が見える。
ちょうど12時5分前だった。
明るい日差しの照りつける交差点を渡り、
三越の入口のライオンに向かって歩いた。
そこにはまだ知った顔は居なかった。

ずいぶん前も、雪のちらつく冬の寒い日に
向こうから呼び出しておきながら
Rキャンパスの正門で
1時間以上待ちぼうけを食わされたことを思い出した。

今日は暑いので、一度三越のエントランスに入り、12時ジャストに
もういちど出入り口から外へ出ようとした時、
汗を拭きながら、きょろきょろあたりを見渡している小柄なMの後姿があった。
5年前より小太りになっていたが、以前Y子先輩の話を聞いて
なんとなく予想はしていたので、すぐにMだと分かった。
わたしは後ろからMに声をかけた。
「Mさん、お久しぶりです」

こうして名古屋三越のライオン前で
昨晩の電話の主
第三の哲学者Mに
5年ぶりに再会した。

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翌日は桑名から電車で南下し、イルカの噴水があるという鳥羽市へ向かった。そこには確かに「疾走するドルフィン」がおり、第一の哲学者が『夏の庭』を上梓する2年前に造られたものであった。3頭のドルフィンは噴水の中央にジャンプ姿で滞空しており、ここに肘を預けて眠ろうとすれば、ずぶぬれになるだろう。このドルフィンをバックに、近くで休憩していたタクシーの運転手さんがわたしの写真を撮ってくれた。その後この周辺を散策してみた。近くにミキモト真珠の養殖場があり、「パールラッテ」という真珠の粉末入りのアイスモナカを食べた。海上には動く竜宮城のような遊覧船が見えた。

鳥羽市をあとにし、となりの伊勢市にある伊勢神宮へ向かった。その日出会った伊勢の人々は、神社の人も伊勢エビ雑炊の店主もどことなくよそよそしかった。

ホテルに荷物を預けている桑名へ戻り、月明かりの下の石取祭を再び観た。出店のソースせんべいを食べながら桑名駅へ引き返し、次の目的地、名古屋行きの電車に乗った。電車の中で携帯が鳴った。「すみません、今名古屋に向かう電車の中で…」と一度電話を切った。名古屋駅前のビジネスホテルに着いた後、もう一度電話が鳴った。

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新幹線は走る
わたしを乗せて東に
今日出勤するはずだった職場のビルを左に通りすぎ
たくさんの工場地帯を右に通りすぎ
歩いたことのない街々を突き抜けて
わたしを運ぶ
21年前『夏の庭』が書かれたあの街へ

初めて降り立った名古屋の街は
高層ビルの立ち並ぶ
巨大な都市だった

駅の案内所で「イルカの噴水」のある公園を訪ねたが、
分からなかった
駅ビル内の書店で町歩きの地図を買い
女絵描きや放浪詩人の歩いていたであろう場所の見当をつけた

本格的な名古屋散策は明後日の予定だ。
今日は桑名宗社の石取祭を観るので、
三重行きの在来線に乗った。
その昔、第一の哲学者が受験のお守りに
この桑名宗社の石取祭の扇子を貸してくれたことがあったのだ。

電車は名古屋の都心から、
だんだんと郊外へ抜けてゆく
かつてあの第一の哲学者もこの電車に乗って
通勤していたのだろうか。
それともあの愛用のクロスバイクで通っていたのだろうか。

桑名駅に着き、駅前のビジネスホテルに荷物を預けて散策をはじめた。
桑名宗社に着くと、子どもたちのグループが次々にやってきて神社の前で
呪文のように歌い始めた。
「ほーったった、ほったった」

石取祭で祭車の太鼓を打ちならす青年たちは、実に楽しげな表情で、太鼓の順番を交代しながら、肩を組んで謡い踊っていた。

わたしが最後にあんな表情を浮かべたのは、一体何年前だったのだろう…。

ある祭車では、お酒が入っているためか、「青い山脈」の替え歌の春歌を楽しそうに歌っていた。かつてあの第一の哲学者もこの賑やかな祭りに参加する若者の一人だったのだろうか。

祭りを観終わり、ホテルへ帰る途中、行きがけに声を掛けられた居酒屋に入ると、店員の若者たちも皆明るく元気が良かった。桑名名物のハマグリ1粒と海鮮丼とオレンジジュースを頼んだ。桑野市内のマンホールにもカラフルなハマグリの絵が描かれていた。

ホテルに戻って横になり、テレビを付けると、武井咲のイオンの浴衣のCMが流れていた。
「あーなーたーに 会いたくて 会いたくて…」
優しい女性ボーカルでモンゴル800の「あなたに」がスローテンポで流れていた。
女性がゆっくり歌うとこんなにも心地よく聞こえるものなのかと驚いた。
「あなたに会いたくて…」
今の私の心境をそのまま謳いあげていた。