11月27日(月曜日)
今日はレトロな話だよー
なぁんとなく、古き良き時代に新鮮な魅力を
感じてしまうのだけれど、大正ロマンという
言葉の響きからして胸ときめかせるものがある
大正ロマン地いえば。この名前が出てきますね
竹久夢二
しかし夢二ほど名前を知られていないけど、又違った
意味で実に魅力的な人物をご紹介します
この写真のお方は一体誰?
何やら怪しく、タダ者ではないという雰囲気満載!
人を喜ばせることが大好きで
竹久夢二と並んでマルチに才能を発揮した
大正時代のアーティスト…
こう評されている
明治に生まれ、大正モダニズムを
駆け抜け
激動の昭和を生きた
日本一の愛猫家
元祖招き猫収集家とも…
川村目呂二(かわむらめろじ)の名前は
好きだった音楽(MELODY)と憧れの
夢二から来ていると言われている
河村目呂二は1886年(明治19年)岐阜県
揖斐郡宮地生まれた
目呂二は大 正後期から昭和初期に
かけて活躍した彫刻家・文筆家
招き猫愛好家の間では通称「芸者招き」
の作家として知られている
グラフィックデザイナーとして活躍する
一方、「あいそめ屋」という屋 号で
「目呂二人形」などの大正情緒あふれる
作品を発表しています
愉快な話…
猫好きで芸術家の小田切雪乃と結婚
妻の名を雪から「スノウ」をもじって
すの子という愛称で呼んだ
「愛初屋」という屋号で、目呂人形を発表
自宅兼アトリエで販売した。夢二は「港屋」
(港屋絵草紙店)でしたね
創作だけでなく大変な趣味人でもあった
目呂二は流行を先取りし1930年に自転車
愛好家団体を結成!
とにかくどの作品も魅力的で人の温もりや
夢二とは違う闊達で明るい女性像を描いている
…太平洋戦争が激しさを増す(昭和19年)、
軽井沢追分に疎開して自ら山地を開墾し、
この地での定住を決意して、草庵
『木通庵(もくつうあん)』 を結ぶ
中央美術界より敢然と距離を置き、
号を 「龍興 (りゅうこう)」 と称し、
農耕に勤しみ、里山の自然を描き、
四季の情景を俳句にして日々を過ごす
晴耕雨毫の暮らし振りは、
そもそも世間的な名声や栄達を好しと
しない目呂二の生来望むところであった
なぁるほどねぇ
理想の生き方だな~こりゃ









