物語や小説の書き出しというものを、はじめて意識したのは〈メロスは激怒した〉だったように思う。ご存じ、太宰治の名短編だ。速球のようにまっすぐな冒頭は、話の面白さと相まって、田舎の少年の心のミットにぴしりと収まった。
遠い昔のことを、東京の紀伊国屋書店新宿本店の小さな催事をのぞいて思い出した。小説の作者と題名を伏せて、書き出しの一文のフィーリングで文庫本を買ってもらう。面白い試みが評判を呼んでいる。
書き出しだけを印刷したカバーで本をくるみ、固くラッピングしてあるから、買って開けるまで中身は分からない。棚にはとりどり100冊が並び、「本の闇鍋(やみなべ)」というネット評が言い得て妙だ。
作家が精魂を込める一行目である。目移りするのも、また楽しい。2冊買ってみた。〈あのころはいつもお祭りだった〉と、〈昨日、心当たりのある風が吹いていた。以前にも出会ったことのある風だった〉。名を知るのみだった作家2人と、思わずめぐり合う縁(えにし)を得た。
このところ、書店
は活字離れやネットに押されて苦境が続く。この10年に全国で3割も減ったという。一方で、興味の偏りがちなネット買いとは違う「本との出会い」を演出する試みが盛んだ。
偶然手にした一冊
で人生が変わることもあろう。〈真砂なす数なき星の其中(そのなか)に吾(われ)に向ひて光る星あり〉子規。星を「本」に言い換えて、こぼれんばかりの書棚を眺めれば、自分を呼ぶ一冊があるような気がする。閃く一瞬を見逃すなかれ。
