日本全国にあるちょっと “ざんねん” な重要文化財 (=重文) を探してみようという新企画。
それが、『ざんねんなじゅうぶん事典』 です。
今回のテーマは、橋。
日本には数多くの有名な橋がありますが、
実は、国宝に指定されているものは、1件もありません。
そう言えば、国宝ハンターで橋を巡った記憶はないですね。
また、意外にも、日本三名橋の一つに数えられる山口県の錦帯橋や、
東海道の終点である三条大橋にいたっては、
重要文化財にすら指定されていませんでした。
歴史ある橋なのに。
文化庁は、橋に厳しいのかもしれません。
では、橋単体で重文に指定されているものは、いくつあるのでしょうか。
調べてみたところ、2019年3月現在で、
日本橋や長崎の眼鏡橋を含む約25件の橋が重文に指定されているようです。
その中で今回僕が注目したのは、富岡八幡宮のほど近くにある・・・
八幡堀遊歩道にかける橋。
その名も、《旧弾正橋(八幡橋)》 です。
この橋は、明治11年に東京府の依頼によって、工部省赤羽製作所が制作したもの。
もともとは、弾正橋という名で、かつて東京都中央区にあった楓川に架けられていました。
しかし、関東大震災を契機に、現在の場所へと移転。
名前も、すぐ近くにある富岡八幡宮にちなんで、八幡橋と改められたのだそうです。
・・・・・・・・・・・・・。
しかし、まぁどう見ても、何の変哲もない橋です。
わざわざ都内の離れたこの地へ移転されるほどの橋には、到底思えません。
なぜ、《旧弾正橋(八幡橋)》 が、錦帯橋や三条大橋を抑えて、重文に指定されているのでしょうか?
その答えは、素材にありました。
《旧弾正橋(八幡橋)》 の主材料は、鉄。
実は何を隠そう、《旧弾正橋(八幡橋)》 は、国産第一号の鉄橋なのでしょう。
今でこそ、こんなひっそりとした場所にありますが、
完成当時は、超最新式の鉄橋として、都心の人々の注目を集めていたのでしょう。
ちなみに、重文に指定されているだけでなく、
1989年には、なんとアメリカ土木学会から栄誉賞を受けています。
そんなにも貴重な橋だったなんて。
心して渡らなくてはならないですね。
では、早速、渡ってみることにします。
安定感は、ごくごく普通。
歩き心地も、ごくごく普通。
橋の上からの眺めも、ごくごく普通です。
貴重な橋だからといって、特別なことは何もありませんでした。
気づけば、あっという間に橋の反対側へ。
長さは約15mなので、5秒ほどで渡り切れてしまいます。
あまりにあっけなかったので、何度か往復してみることに。
やはり貴重な橋だからといって、特別なことは何もありませんでした。
ただ、そうこうするうちに、一つ気づいたことが。
"はっ!さっきから、僕以外、誰もこの橋を渡っていない!"
ということで、どれくらいの人が通るのか、
橋の近くに待機して、ウォッチングしてみることにしましょう。
一人では心細いですが、橋の下にお住いの猫さんがいたので、
彼と世間話をしながら (?)、30分ほど橋を眺めていました。
結果、その間に橋を渡ったのは、OLさんらしき2人組のみ。
どこかこの近くに、『このはしわたるべからず』 の立札でもあるのでしょうか?
ざんねんなくらいに、ほとんど人が渡ることのない橋でした。
『人道橋である 《旧弾正橋(八幡橋)》 を活用しているのは、
人よりも猫』
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