
「ルビンの壺」という、大変有名な、だまし絵があります。
白い部分に注目すると壺に見えて、黒い部分に注目すると向かい合った顔が見える。
壺を見ているときは顔が見えなくなり、顔を見ているときは壺が見えなくなる。
見えなくなる、と言っても消えてなくなるわけではなく、意識できなくなるだけでそこに存在している。
別の言葉を使うと、「図」の部分と認識したものが意識され、それ以外は「地」の部分となり、意識では捉えられなくなる。
暗示の本質とは、言うなれば、この「地」の部分であります。
例えば自己暗示で「私は自信がある」と言ったとします。
これで本当に自信がつく人もいるし、まったくダメな人もいる。逆にどんどん自信を喪失していく人もいる。
なぜ同じ言葉を言ってるにも関わらず、人によって効果が違うかというと、言葉そのものが暗示ではないから。
言葉の「地」の部分、その言葉を言わせている背景やその言葉によって想起されるものが、人それぞれ違うからです。
だから「自信がある」と自分に言い聞かせることは、「自信がないからこんなこと言ってるんだ。私は自信がないんだ」という暗示になる人もいる。
過去自分が自信を持ってやり遂げたことを思い出して、その状態を引き出すトリガーになる人もいる。
「大丈夫」って言葉をかけられて、安心できる人と安心できない人がいる。
やはりその違いは「地」の部分、つまりどういうつもりで言ったのか、が暗示として潜在意識に伝わるからだ。
「大丈夫じゃないから大丈夫って言わなきゃ」だと、100回言っても安心させることはできない。
それどころか、言えば言うほど、相手は不安になるかもしれない。
「だって、大丈夫なのが当たり前でしょ?」ってつもりで言うんだったら、言う前から相手を安心させることができる。
暗示とは、そういう言葉の裏側にあるものの中に存在している。
そしてここが難しいのだが。
読んだ人の中には、「『当たり前』と思おう」と考える人がいるかもしれない。
だが、そうすることが、「当たり前と思っていない」という暗示になってしまうのだ。
「じゃあ、どうすればええねん?」という問いの答は、皆さんへの宿題ということにしておきましょう。
もちろん、この記事をしっかり読んで僕の意図を理解した人なら、どうすればいいのかはわかると思いますが。


