けのふ(昨日)の夕刻のN山さんとの会話に中でだが、N山さが、ジジイの乗り付けて停めた連れ合いBikeとジジイの顔ををしげしげと眺めながら、徐(おもむ)ろに、
『わたしは・・・、あなたの頭の構造が判らない・・・?!』
と漏らされた・・・!
確かに、そうだろう・・・!
小生3歳しか違わない(=歳上)のN山さんのメンタリティーの中では、ほぼ同世代に当たる男が、こんな
『狂気の沙汰・・・』
を働き、それを嬉々として愉しんで居るとしか観えない『変わり者』なのだから、昔の、戦後間もない頃の、N山さんも、恐らく幼くして観た
『自転車・メガホン行脚選挙運動・・・』
の時代を除けば、都市部なら兎も角、こんな広範なド田舎では、理解出来なくて当然なのだ・・・!
然も、自分は、そんな世界は『他人事』でしか無く、一回も結婚もせず、従って子どもを育てた経験も無いまま、近場の測量会社に勤めながら老いたお母上を、自宅介護で看取られた、
『真面目を画に描いたような方・・・』
なのだから、70歳を寸前にして、まるでマセた高校生か三昔前の学生運動被れの大学生レベルの発想で、自己主張を行動で編み出して居る人間など、
『まるで、宇宙人・・・!』
としか想えないのだろう・・・?!
で・・・、薄暗くなったN山邸から、旗を靡かせ帰りながら帰りながら、何やら
『宿題を貰ったような気・・・』
になったのだが、昨夜、夕食を認めながら、フトの脳裏に浮かんだのが、この曲のフレーズ・・・!
今から40年前くらいまでのNippon人なら、誰もが一度や二度は耳にしたことが有る、
『歌姫・、お空ひばりさん・・・』
が、軽快なマンボリズムで歌って、国民を陽気にしてくれた
『お祭りマンボ・・・』(=作詞&作曲・堀六郎氏:1952年発売)
の中に、
≪ おじさんおじさん大変だ
どこかで半鐘が なっている
火事は近いよ スリバンだ・・・≫ (=『スリバン』とは『擂り晩鐘』の略で、火事が近い事の意)
と云うフレーズが出てくれるが、今、ジジイが遣ろうとして居ることは、この
『半鐘鳴らし・・・!』
と同じことなのでは無かろうかと・・・?!
それも、歌詞の如く
『スリバン(=極近く)・・・』
なのを、誰も気付こうとして居ないような・・・?!
この曲が発表されたのは、『1952年』だそうだが、それこそ、この国の経済は、池田首相が掲げた
『所得倍増・・・』
を誰もが実感し始め、その後、高度経済成長の最絶からNippon全国の国民が、遂にはバブル経済に突入し、
『JPY(=日本円)でAmericaが買える・・・!』
などと嘯き始めて居たころには、当に
『お祭り騒ぎ・・・』
に陥って居て、
『消費こそ、経済・・・!』
と想い込み、マイホームを手に入れ、自家用車を手に入れ、一気に『JPY』が値上がりしての『海外旅行ブーム』で、海外高級ブランド品を買い漁る品の無さまで起きて、大人から子供まで、誰も、その先に
『火事(=危機)の煙・・』
が見えて居ることなど、未だ、ほとんど気付きもせず、そこから始まる
『財政負債(=借金)・1,300兆円・・・』
と云う眼の回りそうな莫大な借金地獄へと突入して行くのだ・・・!
当に、国民総踊りで、
≪ ワッショイワッショイ
ワッショイワッショイ
景気をつけろ 塩まいておくれ
ワッショイワッショイ
ワッショイワッショイ
ソーレ ソレソレ お祭りだー・・・≫
と浮かれて居た時代と重なって読めないか・・・?!
更には、そんな『国債恃み国内経済』を、誰も訝ること無く
『失われた35年経済・・・』
の中でも踊り続け、末期に起きた『コロナ禍事態』にも煽られて、此処でも、そんな危機意識には識らぬフリして、今も、
『やれ撒け・・・、もっと撒け・・・!』
と強請(ねだ)って居るし、国を与るお上の先生方も、自分の保身に汲々として居て、都合が悪く為れば財政などお構い無しにバラ撒かれるし、海の向こうの親分国家の脅し文句に屈して、南洋海域への防衛予算緊急増額までもを、
≪ 雨が降ろうが ヤリが降ろうが
朝から晩まで おかぐら見物
ピーヒャラピーヒャラ
テンツクテンツク
おかめと鬼が
ハンニャとヒョットコが
ピーヒャラピーヒャラ
テンツクテンツク
ソーレ ソレソレ お祭りだー・・・!≫
と云う呑気なご様子で・・・(笑)
その危うさをとっくに識って居るお上は勿論、専門家と云われる先生方も、下手なことを云えばメディアへの露出度が減り、ギャラ(=出演料)が入って来なく為るから、頬被りを決め込んで居られるし・・・(笑)
そう考えれば、実に良くこの国の国民性を見抜き、読んだ歌に聴こえて来て仕様が無いのだが、そう聴こえるのは、このボケジジイだけなのだろうなあ・・・?!
今時、国民の生活の中での緊急事態の時は、走れば10分以内で駆け着けれくれる
『110番(=警察)か119番(=消防署)・・・』
で事足りる時代には、
『半鐘(はんしょう)・・・』
なんて代物を眼にしたり、それが何の役割を果たしたかなど、国民のほとんどの誰もが、忘れて居て、
『初詣の時、お寺で突く吊り金(=梵鐘)・・・』
くらいにか想って居ないだろうが、ジジらが中学生の頃までは、各集落の中央部に、丸太や孟宗竹で組んだ櫓の上に、このような『金属の甲高い音で響く鐘か鉄板』が釣り下げられて居て、集落内で緊急事態(=主に火災)が起きれば、一早くそれに気付いた村民が、この櫓に駆け昇って、備えて有った木槌でこの金属板を力いっぱい叩いて、近在に
『オーイ・・・、火事だぞー・・・!』
と識らせ、それを耳にした集落民や近在の消防団が、何を然て置いても集結して、損得抜きのボランティアで、消火や片付けを惜しまなかったモノだったことを憶えて居る人は、最早少ないだろうしなあ・・・?!
(画像、blog.goo.ne.jpより拝借)
ジイイは、この半鐘の金の音を、少なくとも10回以上は聴いたし、中学生の頃は、病気のオヤジの変わりを務めるべく、オジサンたちに混じって働いた経験も有る・・・(汗)
ジジイの集落では、その打ち方(=回数)で、その緊急事態が何で有るかが決められて居て、如何な悪ガキ連も、この櫓に昇ったり、鐘を叩いたりする悪さは、絶対に禁忌とされて居たわなあ・・・!
そう考えてみると、今回、ジジイが始めたこの悪戯は、謂わば、このSNS時代に逆行した
『超・アナログ半鐘(=警鐘)鳴らし・・・!』
の真似ごとのような仕儀だが、ジジイに観えて居る煙や危機は、誰もがもう薄々感じて居たり実感して居るで有ろう
『少子高齢化&財政難&世界情勢の危うさ・・・』
なのだが、国民は、そんなモノには見向きもせずに、未だ、
≪ ソーレ ソレソレ お祭りだー・・・!≫
と燥いで居るって構図に観えて仕方が無いが、その後に待ち受けて居るのは、この曲の最期に歌われる、一転哀調を込めた
≪ お祭りすんで 日が暮れて
つめたい風の 吹く夜は
家を焼かれた おじさんと
ヘソクリとられた おばさんの
ほんにせつない ためいきばかり
いくら泣いても かえらない
いくら泣いても あとの祭りよー・・・!≫
と云う時代が来るってことに早く気付て欲しいものだが、この能天気&平和ボケした国民には、当分無理なのだろうなあ・・・(笑)
そう考えれば、この『お祭りマンボウ』と云う曲は、実に深い人間の業(=人生)を現した曲だと改めて感心したわ・・・!
これを、ジジイの悪ふざけのテーマソングにしよう・・・(笑)
などと・・・、またけふ(今日)も、毎度のアホな駄文ネタにお付き合い頂いて居りましたら、御礼を申し上げます・・・(謝&拝)
≪ ♬ あとの祭り~~よ~~・・・!≫
ってなもんだ・・・(笑)