12月1日

 このタイトルを見てリンゴについての内容だと思う人の割合はどれくらいいるだろうか。意外と半分満たないのではないかと睨んでいる。
 実家から、リンゴが届いていた。うれしいけれど、一人暮らしにはすこし多い(僕は一人暮らしではないけれど)。一つだけさっと水で拭き、皮のままバリバリと食べる。こんな食べ方は久しぶり。上の歯で削るように食べる。
 リンゴの食べ終えたイラスト等では、よく中央がくびれたフォルムが採用されているけれど、思っているよりも、リンゴの芯というのは厚い。種だって入っているし、むしろ樹の枝とつながっている部分を上だとしたら、上と下はかなりギリギリまで食べる事が可能だ。だから、どちらかと言うと寸胴かラグビーボールの様に中央が膨らんだ状態になる。
 想像力というのは、つまりイラストを見た時点で、こんなに細くなるだろうか?種はもっとあるだろう。カットしたリンゴを繋げたとしたら食べられないのは、中央部分ではないか?等を思いつけるかどうかという事だ。そして、それを育てるのは、リンゴを食べてみて(つまり経験して)、気付く事であり。この気付きと言うのが、物事のはじめの一歩だ。はじめの一歩だけれど、後は大体終わった様な物だ。何事も、目の前に大きな壁が立ちはだかっていて、それが結局一番大きい。

僕が書き、君が読む、その為の装置 -リンゴ

色々といじられていない状態の物が、写ってしまった。