人は日々、選択を繰り返しながら前へ進む

右へ行くか、左へ行くか

何を取り、何を捨てるか
選択を繰り返しながら、無限にあったはずの可能性を
一つずつ、潰しながら進んでいる

だから、何か一つの事柄に対して達成可能な確率を高める事は出来たとしても
純粋な可能性を広げる為の行為なんて物は無い
右を選べば、左に行ったと仮定される未来の枝葉は
バラバラと散り、消える

全ては、死と言うたった一つの結末に限定される

だから、人は間違いを犯さないように、慎重に
最善と思える選択をしながら、生きている(もしくは死につつある)

けれど、実は僕たちは最善の選択肢しか、その瞬間においては選択し得ない
どんなに、間違った選択だと思っても、それは結果的にそう思えるだけだ

何かをしなければ行けないと思っていたのに、つい面倒でしなかった

そんな、選択をしたとしても
それは、何かをすると言う労力よりも、それをしないでいる状況の方が
楽だ、ベターだとその時選択した、と言う事

つまり、最善の選択しかしていないのに、人は不幸になるだろうか
正解は、不幸になる、だ

けれど、僕はあえてここで選択する
最善の選択しかしない僕は、不幸になるか

ならない

僕が不幸になるのは、次に
この選択を諦めた時だろう





10月20日

相変わらず、いい天気
天気が良くて、気が滅入る

晴れていれば、良い天気だなんて大間違い