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”三人の石工の話がある。何をしているかを聞かれて、それぞれが「暮らしを立てている」「最高の石工の仕事をしている」「教会を建てている」と答えた。第三の男こそマネジメントの人間である。
第一の男は、仕事で何を得ようとしているかを知っており、事実それを得ている。一日の報酬に対し一日の仕事をする。だがマネジメントの人間ではない。将来もマネジメントの人間にはなれない。
問題は第二の男である。熟練した専門能力は不可欠である。最高のスキルを要求しなければ二流となる。しかし専門家は、たんに石を磨き脚柱を集めているにすぎなくとも、重大な仕事をしていると錯覚しがちである。専門能力の重要性は強調しなればならない。しかし、それは全体のニーズとの関連においてでなければならない。
マネジメントや専門家の多くが、この第二の男のように自らの専門を重視する。だが、そのような専門別のマネジメントの人間の数は、最小限にとどめるべきである。事業全体をマネジメントし、全体の成果に責任を持つ人間の数を増やさなければならない。”
ま、理美容師にありがちな話。専門家としてのスキルを追求して高めていくことに集中し、美容師として自己満足するレベルに達したら独立し、罠に嵌る。見ているのは自分のお客様のみで、外部のお客様の不満や求めていることには無関心になる。さらには「なんでこの技術の良さをわからないんだ?みんなばかなの?」と考えるようにさえなる。何を隠そう、そのばかは25歳頃の私ですわ。
”そもそも専門的な仕事において最高の水準に達すること、すなわち石工としての最高の仕事をすることが基準となっている。水準に達しない仕事は不誠実でさえある。本人を駄目にし、周囲を駄目にする。専門の能力を追求することが、イノベーションを生み、マネジメントの発展をもたらす。
最高の人事、最新の工場、科学的な市場調査、最新の会計システム、完全なエンジニアリングこそ追求すべきものである。ところが、この専門化への努力に危険が潜む。組織全体としての成果への関心を逸らす。専門的な仕事それ自体が目的と化す。自らの成果を組織への貢献ではなく、専門的な基準によって評価しようとする。
部下の評価、報奨、昇進について、専門性を基準に行おうとする。組織全体の成果の為に課される要求を、自らが専門とするエンジニアリング、生産、販売への干渉と受け取る。こうして専門的な能力の追求という当然の欲求が、自らの領土拡大に熱心な閉鎖的専門集団の連合体へと変える。”