機能不全家族と障害の苦悩 解決策についての考察
障害者の私とその家族についての向き合い方今後の人生についての改善策を私なりに振り返ってみました。 ※考えが自身に偏る表現が多いです。発達障害精神障害や身体障害など種類がありますが今では発達障害の人口は10人に1、2人と言われています。誰しもが障害の傾向や癖、個性のようなものがあり、健常者も障害者も紙一重だと思います。マイノリティを理解されるようになってきた世の中では障害の法律や制度(障害者雇用に関してや差別に関して等)増えてきました。障害とは、生きていくうえで不便を感じなければ知る必要もないものです。ですから、知らずに生きている障害者はこの世で沢山います。しかし、不便を感じているのにも関わらず適切な生き方や対応がわからない場合もあります。障害とは、そういった生きづらさを感じている人のために名前を付けただけで、本来当事者を救う役割をなすべきものだと感じます。しかしながら、マイナスなイメージが多く、世間的に理解されているとは言えない状況です。多くの人は障害と聞くだけで身体的なものを想像してしまい、精神的な障害を否定しようとします。基本的に障害を持っていても感情はあるし家族や友達もいるし人と話せます。少し人より不便なことがあり障害という提示の仕方をしています。現状としては障害者雇用や障害理解に関しては進んでいません。自身の話私は20歳を超えてから(成人済み後)注意欠陥多動性障害、自閉症スペクトラムと診断されました。二次障害として、抑うつ状態、不安障害と診断されました。いじめ、性依存、機能不全家族の中で育ち、自己肯定感もない私は高校生まで異性とまともに話せませんでした。人間トラブルや異性トラブルに巻き込まれやすいです。外見だけでは判断できない場合が多く、できるだろうと誤解されます。毎日死にたいと思っていたのですが、死にたいけど生きなきゃと思えるようになり、死のうと思うことがなくなりました。今回は経験から私が思う機能不全や障害で悩んでいる人の改善策を書いてみます。職場で陥りがちな障害者の苦悩について入社後に、面接のときはまじめだと思っていたのに「ドジ、できない子、使えない」と思われてしまいます。「人よりできない、変わった子」というレッテルを幼少期から植え込まれてしまっているため、言われなくても自分が一番わかっているのです。早く対処しないと自己肯定感は下がる一方です。そんな双方のミスマッチを防ぐためにも面接のときにあらかじめ理解を得ることが必要です。配慮されるということは、その分賃金が下がってしまう場合もあります。しかし、心身の安定の上でないと金銭の問題は考えられないのです。目先の金銭や娯楽をとってしまいがちですが、長い人生で見たときに続けられる安定した場所を得ることは有意義な選択です。諦めずに合う職場を探し、経験を積むことが大切なのだと思います。成人以前になぜ障害を発見できないのか学生の中ではいじめを受けていても親や先生はもちろん、本人ですら発達障害だと認識できないのです。発達の過程や成長途中、個性だと思われてしまいがちです。身体の問題は目に見えますが精神の問題は目に見えずらいのです。しかし、わずかながらサインはあります。不登校、いじめ、これらに陥った時はサインです。否定をせず耳を傾けてほしいのです。また、そもそも発達障害というものを知らないという状況が多いと思います。一般に生きている中で障害知識を得る機会はあまりありません。発達障害が及ぼす遺伝問題について(負のスパイラルのメカニズム)私自身家族関係について幼少期から悩んでいました。祖父母、両親、兄弟ともに、発達障害の傾向はあります。遺伝による考え方の癖というものも少なからず影響があると考えます。発達障害にはどのような支障が生じる可能性があるか発達障害、機能不全家族、虐待、各依存症、いじめこれらは繋がっている場合が多いのです。全て生きづらさが関係していると考えます。例として、①障害を持っていて人と考えや行動が違う②責められたり仲間外れにされたりして自己肯定感が下がる③人との関係がうまくいかず当事者(自分や家族)の状況がよく分かっておらず依存症に陥る。(例:異性、お酒、薬物等)④働いてもうまくいかず貧困になりやすい⑤婚約後子供を育てる過程でうまくいかず故意なく虐待してしまう、不倫・依存症等に走り機能不全家族をつくりあげてしまう⑥子供も自己肯定感が築き上げられずいじめや虐待が発生しやすいのループが多いと感じます。共依存について発達障害のほかに不安障害やうつ状態などの2次障害と呼ばれるものが重複している可能性があります。「メンヘラ」という言葉自体についてですが、悪いことではありません。苦しんできても普通に生きていても迷惑をかけないことはありません。迷惑をかけながら成長していく成長過程において必要なものなのです。情緒を安定にできない時期もあります。しかし、その状態は共依存に陥りやすいです。支える側と支えられる側が過度にエネルギーを注ぎ共依存(2人だけの世界)を作り上げてしまうと制御できず日常生活にも支障が出ます。支える側は、何とかしてあげなきゃと思ってしまいますが、その段階ではどうにもなりません。花瓶の底が抜けている状態で水を永遠に注いでいる状態ですから。家族でも他者でも状況を変えられるのは本人次第です。いくらお酒をやめてください、長生きしてほしいのです。といっても、相談場所を紹介しても、行動するのは本人です。家族や恋人、友人関係など、共依存に巻き込まれる前に逃げてください。共依存に陥る前はもちろん陥ってしまうと当事者は身動きが取れず気づきません。自分を守るためにも共依存や機能不全家族については知識として知っておく必要があります。境界線とは-他人にどう扱われるかではない、自分がどう扱うかなのだ。 (共依存症 こころのレッスン)-今悩んでいる精神障害・機能不全家族当事者にやっていただきたいこと機能不全家族の方はまず家を出ましょう。相手から受ける影響は相当なものです。身内でしたらなおさら影響されます。うつ状態の両親がいる環境で育つと子供も鬱傾向をもらってしまいます。家を出てから何年たっても精神面等で親の影響を受けます。愚痴る相手、共依存できる相手がいなくなる両親は必死で止めるでしょう。死んでしまうかもしれない、私がいなければ。そう考えてしまうのも当然です。しかし、自分の人生まで棒に振る必要はないのです。あなたはあなたの人生があります。怖くても不安でも大丈夫、前に進んだその一歩の先には困難や苦労の代償にあなたの明るい人生があります。いい意味で両親への期待を手放すのです。やれることをやったあなたはとても優しく努力家です。少しずつ距離を空け子供が自立をすることは、時には両親の気づきや変化のきっかけになりうるのです。どうしても貯金がない場合は状況を説明し生活保護に相談するのも手です。精神障害・虐待・依存への後遺症の克服方法依存先を増やし当事者会に積極的に参加しましょう。いい意味で依存先を増やしましょう。「恋人だけ・親だけ・お酒だけ」だった自分を、複数の依存先をより多く増やすことで、1つの依存先がなくなってしまった時にダメージを減らせます。また、依存されてる側の心理的ストレスも軽減できます。サークルや趣味、何でもいいです。何か一つにすがるのは双方のダメージが大きいです。人と話す、わかり合うことによって何年も受けてきた心の傷は少しずついい方向に向かっていきます。時間と努力とともに依存やトラウマから解放されるはずです。自分のすべてを受け入れ理解してあげることが大切です。不安なことやできない自分を悪とした場合、否定する外部の他人とやっていることは同じことです。自分を傷つける行為です。まずは自分の現状を受け入れましょう。そのためには生い立ちを振り返ってみたり苦しい作業が必要かもしれません。ですが、自分と向き合うことは自分を理解し大切にすることの一歩なのです。期待を手放せば失望は減らせることを理解しましょう。いい意味で期待を手放します。親や友達、上司など、他者への期待を手放します。依存症直してくれないかな、優しくしてくれないかな、障害をりかいしてくれないかな。大抵の場合は「こうしてくれるに違いない・こうするべきだ」と、自分の物差しをもとに知らず知らずのうちに期待してしまいます。その期待は多ければ多いほど絶望に変わります。期待をしなさすぎるのも悲しいかもしれませんが、期待とは時に自分へのダメージになります。-手放すことがある程度自分の生き方に組み込まれていれば、この先どんな試練や苦しみがあったとしても「絶望」は減らせます。それは成長でもあり、気づきとも言えます。そして手放すことを続けていくうちにそれは習慣化されます。執着心、愛情、恨みなどを正直に認めて愛と感謝以外全て手放しましょう。愛と許しをもって手放すことが出来たとき、あなたに転機が訪れます。(共依存症 こころのレッスンより)-相手は相手、自分は自分の価値観の中で生きているということです。その中でその人を理解し、付き合いを決めていけばいいのかと思います。最後に発達障害者でも機能不全家族でも幸せになれる道は自分次第です。模索していけば必ずいい方向に進んでいきます。諦めないでください。きっといつか長いトンネルは抜け出せるでしょう。周りの人や信頼出来る大人は必ずいます。そんな大切な人を見つけるためにもより多くの人と関わり価値観や人間観を理解しましょう。人と関わることは自身の成長にも繋がります。つらい今日は、日々遠ざかる。きっと大丈夫。苦しくてつらい今日は誰かの思い出の日で、死にたい今日は誰かの誕生日で、笑えない今日は楽しい明日への予兆かもしれません。目まぐるしく過ぎていく毎日の中で少しずつ経験を積んで前に進んでいるのです。何もせず家にいた今日も、なきじゃくって苦しんだ今日も、すべて経験となります。螺旋階段のように少しずつ。終わりが見えないけど確実に、日々一歩ずつ進んでいます。だから無駄な日なんて1日もないのです。すべてがあなたの人生の彩りとなり輝くはずです。そのままのあなたで大丈夫です。すべてを受け入れ認めてあげましょう。かけがえのない自身の命を大切に。他者への期待をいい意味で手放し、自己肯定感を高める訓練をすることが生きていくうえでの鍵のように感じます。障害者も健常者も理解し合って生きやすい世の中になること。同じ悩みを持ったものとして経験談を例として参考になればと思います。また、私自身の振り返り、今後の人生について考え直すきっかけにしたく、書きました。個々が持つ可能性がいい方向に進みますように。ありがとうございました。