ぼくはザックをおろし、テルモスの熱いコーヒーをすすりながら、月光に浮かびあがった夜の氷河の真只中にいました。時おりどこかで崩壊する雪崩の他は、動くものも、音もありません。夜空は降るような星で、まるでまばたきをするような間隔で流れ星が落ちてゆきます。いつかサハラを旅した友人が語っていた砂漠の"夜"もこんなふうではなかったかと思います。砂と星だけの夜の世界が、人間に与える不思議な力の話でした。

 

『旅をする木』「オオカミ」(『星野道夫著作集 3』 31頁)