コバヤシヒデノリ  アートデイズ -2ページ目

暗中模索、だけど楽しい

12月に仕上げた、2枚の絵、今描いているパースのむちゃくちゃな絵、それと森の精の絵どれも 大好きな自分の絵。描くことがとても楽しい事のひとつである以上自分は救われている。と素直に思える。今はベニアの板にジェッソを塗り、ねじれや 曲がりの無いよう乾かし 次の作品の準備をしている最中。さあ なにをどのようにして描くか 自分でもわからないけれど、今のなんとなくニュートラルな感じ、描く題材を 考えている 最中のこの感じは プラモデル屋に行って なにを買おうか吟味している 感じに似ている。戦車かゼロ戦かもしくは ルマンのポルシェか はたまたお城か やっぱり戦艦にするかなと悩んでいる そんな感じ。そのそんな感じを味わえている幸福感 この感覚は私だけのもの 120キロで走行中のハーレーのスロットルを 一度握りなおし 再び全開にする そのときの ハイな気持ち 脳の情報量 風の音 ぶっ飛んでいく景色 これも乗っている人間しか 感じることが出来ない。 暗中模索だけど楽しい。決してあせらない、もうすぐレールに乗れるはず・・。乗れば全開で走るだけ。ゆっくりで良いから準備している そんな毎日。



近日中・・。恐らく2月中旬までにホームページ大リニューアル予定!!!!!!

ダウナー・アッパー

11月の中ごろから先週までで 2作品を 描きあげ、また 題材探しとキャンバスの購入サイズを考えてる。もう12月になろうとしている。日々色んな問題が起こり、少し気持ちはダウナーだ。生きている事に少し疲れてきた。何処かで アッパーに切り替わるだろう、今までもやってこれた。だから前を向いて進んでいこう。  人は 何か事がうまく運ばない事に快感をおぼえるのではないか?と思う。一生懸命旨く事が運ばない事柄を探しながら暮らしているのではないかと思うことがよくある。それを 克服する。また旅が始まる。そしてまた 困難にぶつかる。それを克服するといった、繰り返し。その繰り返しに少々疲れてきた。  と思う。年齢の事など言うまい、もともと 自覚してないところが 私のアイデンティティーなんだから。寒い灰色の冬が過ぎれば、アッパーな笑える春が来るのか判らないけれど、確かに自分は 今 生きているし まだまだ終わらない まだまだ歩いていかねばならない。腰は重いけれど、また旅に 出なければいけないのかも知れない。次回のブログでは もう少し 具体的に語りたいと思う。


秋の香り、寂しい夕暮れ

まずだ タバコを辞めている。特に今厳しい。とても衰退・・・。では無く吸いたい。いいのさ、辞めれるだろう。長生きしてやる。嫌な現実を見せ付けられたり、傷つくことも多いけれど、なるべく長く生きて出来るだけの出来事に撫でられよう。

それでだ、ついに描くよ・・。見つけたのだというか来たのだ、また描きたいと思う瞬間がやってきたのさ。いつも突然に来るけど、イーゼル君、キャンバス君 待っただろう!ごめんね。そろそろ君たちをアクリルガッシュで湿らせてやるぜ。

迎合せず歩いていくのさ、好きな絵を描くのさ。

ご無沙汰しておりました。

いやー!自殺した人並みにご無沙汰しておりました。だからと言って、何も無かったけど、何も無かった方がどうかしてるぜベイベー的な感じも してはいますが、もう良い大人なので つべこべ言わず進めなさい。と記したところで つべこべ って何だ!と思って は  居る 夜。


ところで・・・。ここからは 真剣な話。人生のなかで 「もう二度と この人と会わないだろうな・・・」。と思う人が私には 時々 居て、そんな人にお別れを言う時かならず「もう二度と この人生の中で会わないと思うので、 どうかお元気で それとお世話になりました」。ということにしている。そうゆう事をするな!と親友に言われたことがあるけど、出会い や別れ そして 自分の転機に左右される 様々な出会いと別れは 人生の中ではとても 大事 なもの。そして よく ある。でも 言われた本人は 少し 戸惑っている風。そんな 寂しいこと言わないでと 送別会で 泣かれた事も在ったっけ・・・。佐野元春さんも 「終わりは始まり」。と歌った。


でもね・・。僕たちの日常は 出会いと別れの連続。 寂しくもある。  寂しがってる場合ではない。生きるために 動こう! 動いてるうちに どうなるかというと 、どうにもならないし余裕が無くなる。でもね・・。だからといって 寂しくて 余裕が無いからと言って お金は 市からは下りて来ない。 税金も安くはならない。甘えるなと言われそうだけど、そんなに 俺やみんなも立派ではないのさ。   そして そんなに 強くもない・・・。


 

憂いと喜び

今日 ふと思った。夕方憂いを抱く事柄が3つほどあり、喜びを感じる事が3つほどあった。それには完全に総合順位がつけられており、憂いの一位はまさしく、少し凹むような内容。同じく喜びの方はそれの間逆。九時半ごろ車を一人走らせていて、憂いと喜びの総合順位一位を脳から呼び出そうとしても、出てこない。「まーどちらもそれぐらいのことだったのか」とその時は結んだが、そうではない。それだけ何か自分が汚れてしまったように感じた。昔 小学生の頃、例えば筆箱を リニューアルした日の朝の高揚感。それは ものさし でも鉛筆でも良い。靴もしかりで、何かニューアイテムは心躍るものが完璧にあった。喜びや憂いはまっすぐ記憶出来ていたし、直接的であり、脳にズシーンと響く 云わばカーニバルだった。 日常の中に起こるすべてのことに対して、凹凸が無くなっていくのは 恐ろしいことである。だからといって この年齢で純真にそれこそ 虫取り網と虫かごを持って野原を駆け巡れるかと言われれば それも出来ない。バカボンのパパなら 「それでいいのだ」と閉めるだろうけど、楽天家の私も今回のこの事例はそれでは 済まされない。だがしかし このまま このブログはぼんやり 終わらせてみよう。こんな夜もあるのだ。 

描けない描けない描けない何も浮かばない・・。

どうやら スランプである。年末までに大作3枚を描く予定ではあるけれど、全く描けない。描ける気がしない。気分転換に読んだ、ダヴィンチコード・・・。なんら 生まれないし本当に描きたいのだけれど、描けない。だから 何も考えないで居ると さらに描けなくなるだろう。あーーーーうーーーー!!

とてもなつかしい あの頃

ご飯の上に 塩こぶを乗せた弁当。昼にはご飯がしょうゆ色に染まる。この間 自分の弁当を開けて思いだした。これはとても 懐かしい思い出。父親との楽しい思い出のひとつ。僕は24歳あたりまで ミュージシャンという不安定な少し親不孝な仕事をしていた。そのため アルバイトは絶対。色々なアルバイトをした。父は左官業を営んでおり、仕事が忙しくなると 現在進行中のバイトがあっても そのバイトを辞め、 よく父親の仕事を手伝った。ギャラが良かったし、助けたいという気持ちでだ。朝 母親の作った弁当を二つ持って出かける。昼 弁当を空けると、何故か父の弁当には塩こぶ。ご飯がしょうゆ色に染まって美味しそう。僕のは必ず ごま がかけてあるだけ。その時は何も思わなかったし 母親に僕も塩こぶにしてくれとも言ったことがなかったけれど、昼父親と一緒に弁当を広げ、車の話や、ゴルフの話。プロ野球の話。色んな話をした。今でも本当に尊敬できる人。父はもう死んで居ないけれど 今となってはとても楽しかったそしてもう二度と訪れない時間を過ごした と思う。あの世で会えるだろうか?判らないけれど会いたいと思っている。

出来るなら助けよう。出来るだけ見守ろう。

偽善とか そんなことは関係無い。これは 理屈では無い。少しでも自分に出来ることがあれば、非力では在るけど、素直に助けたいと思う。みなさん、ホワイトバンドに協力してください。必ず身に付け、尋ねられたら教えてあげてください。誰がこのページを見ているんだろう・・・。と自分でもそう思うけれど、みんなで盛り上げたいと思います。


http://whiteband.yahoo.co.jp/

21時30分

台風17号の接近で 風が吹いている。大好きな秋の強い風。耳元の蚊みたいな音の50ccの音がうるさい。でも楽しいんだよね。オートバイは。うるさければ、うるさい程、血が滾る?(あっ タギルってこう書くんだ)というか 何か聖なる境地に達成するのさ。昔乗っていたバイクは本当にうるさくて、トンネルの中でバックファイアしたっけ・・・。いつになれば また鉄の馬に乗れるのか・・・。今度は軽めの1200に乗ろう。ダートトラックのハンドルを付けて、峠を攻めるんだ。もちろんマフラーは吸気とのバランスを崩さない  というのが条件なんだけど崩さない 一番うるさいマフラーにする。というか良い音のマフラーにする。でも静かに乗るのさ大人だし、テイスティーなライダーなのさ。でも事故だけは避けよう。今までどれだけ転んだだろうか。本当に痛い。自動車のボンネットに乗ったこともあるし。ワックスが良く効いてた。秋や春はどうしても馬が欲しくなる。さーどうしたら買えるか今宵は脳を働かせつつ。秋の夜を楽しもう。

秋が来た。

大嫌いな夏も終わり、秋。うれしい。太る季節でもあるのだけれど、とにかく厳しかった夏を越した褒美のような気もする。季節の中でも夏が一番嫌いというか苦手。最近知り合いと話していてその人曰く「いつから夏が嫌いになったんだろう」そういえばそうだ。昔は待ちに待ったのに。その人曰く「それは夏休みを待っていただけじゃない」んーそうかも。歳をとったのだろうと言えばそれまでの話。でもね 22歳ぐらいまでは好きだった気がする。何故だ何処で嫌いになった?少しずつ深まる秋にそんなことを思う。