社交ダンス練習場アート
  • 01Sep
    • ブログを書こうと意気込んだ6月

      何故か、書いても書いても オンエアーできなくて…あれは何だったんだろう?????アートに月に一度レクチャーに見える 樋口先生のことを欠いたのに…今日も樋口先生のレクチャーのある日です。今日はクイックがテーマでしたが、カウンター婆さんである私は先生のレッスンを盗み見る余裕もなく、あたりを片付けておりました。少ない生徒さんでしたが「良かったわあ、よう解った」と感想を述べたAカップルは来月は個人レッスンも 受けたくなったとの 感想でした。少しでも 競技で残るには やはり 審査委員でもある 樋口せんせいにアドバイスいただくのは 収穫大ですよね?さて オンエアーできましょうに   合掌              YOKO

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  • 25Jun
    • こんばんは

      気まぐれ 洋子、久振りに 帰って来ました、ブログの世界。開くのにIDやパスワードを 覚えているか おそるおそる うろ覚えのまま開いたらばっちり 開けられたので、まずはちょっと嬉しい。ふざけたブログを書きながら、母を自宅で介護していました。その母が他界したのが昨年の9月24日でした。やっと ブログに戻ります。よろしくお願いいたします。      今日はこの辺で。                                                 

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  • 18Apr
    • いやだア その1

      アイホーンの目覚まし音楽が可愛く鳴った。「ああ6時だ…起きなくちゃ」そう思いながら、ベッドに居る。44分も経過春は曙?清少納言の曙は何色?起きるのいやだア  その1  おわり     

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  • 06Apr
    • 笑顔

      定休日の夕方銭湯に行った。まだ客足も少なく夕方に日差しが湯船に映え気持ちがいい。ゆっくり体を沈めているとガラス越しに見える更衣室が見なんとなく人影があわただしい。そろそろ入浴客が多くなるのかな?上がって山のように泡をたてて顔に乗せた。その背後を衣服をつけたままいきよいよく通り過ぎる人がいた。「すみません、この椅子借ります」「どうぞ」泡の顔は目だけで応えた。この椅子とは銭湯の隅にひとつだけ置かれている足の長いいすのこと。膝をいためて曲げにくい人のためにしつらえているようで、時々高齢の方が使っているのを見たことがある。泡の顔のの私の視界から椅子は消えた。泡は顔から全身に至り、一通り洗えて、湯船に向かった。角を曲がると足の長い椅子を使っている様子がわかった。色白で黒髪のあどけない顔をした娘だった。その娘には表情がない。彼女の両側には衣服を着けたままの女性がいて、あどけない顔をした娘の手足を丁寧に洗っていた。足の長い椅子はおばあさんが座っているとばかり思っていたが、若い娘が使っていたとわかった。露天風呂に移ると、中の湯船の様子が見える。衣服を着たままの女性があどけない顔をした娘をふたりで抱えて湯船の方に来た。ふたりは衣服の濡れるのもかまわす湯に足を入れ、あどけない顔の娘を湯に入れていた。娘は自分で動くことができないことがわかった。脳性麻痺なのだろうか…娘を浅い風呂に心地よく座らせると、二人の女性は湯船から出て、濡れた衣服を整えた。一人はそそくさと更衣室の方に行った。多分次の作業の準備のために出て行ったのだろう。残った女性は湯船の淵にしゃがんで、じっとどけない顔をした娘にその顔を向けていた。なんともいえない優しい笑顔を向けている。「どう?気持ちいい?ゆっくり入ってね」と言っているのかな?露天風呂からは声は聞こえない。でもあの笑顔、何と美しいことか!私が見ているとも知らない、傍目を気にいた笑顔ではない。自然に湧き出る笑顔!今こうして書いていて、涙がにじんでしまう…あんな笑顔の持ち主になりたい。それは形ではなく心のクオリティなのでしょうね?                           YOKO

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  • 04Apr
    • ピリオド

      いろいろ生活しているとついやりっぱなしにしていて片付けが大変!あとで洗おうとためたシンクノの中の食器起きたままの布団食べかけの菓子袋くつ箱に入れない靴数え上げれば限りない。夫の生活スタイルは最たるもの読みかけの新聞もらった手紙読みかけの本数冊鍋茶碗が所定の位置に置けない箪笥の引く出しは半開きのまま一日の暮らしが手にとるようにわかる…弟もしかりパソコン途中のまま脱いだ寝巻きは脱ぎ捨てたまま薬箱はあいたまま置きっ放し「あのねえ!何かしたら ピリオドしてよ!!」「あるべきところに置いてよ!!探して一日暮れるじゃないの!」母の面倒だけは即座にするくせに!!!何よ!!私は掃除婦???かく言うわたしも…実は…完全にピリオドができていない…洗ってしまえばいいものを後回しにした食器の山…ダンスの振り付けを考えればいいのに後回しにしている…明日そのダンスをしようと約束しているのに…決めたことをすぐやる…ただそれだけなのに…こうしてはいられない!!!!いい年をして このテイタラク!!ピリオド ピリオド ピリオドそうそう 私、自分のピリオドは 空海さんみたいに即身成仏でいこうと思っていますが…うまくいくかしら?????

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  • 02Apr
    • すみません

      高齢者の交通事故が心配される中…わたしもれっきとした高齢者なんでなあ…と思いつつ、一旦停止と分かっているのに…横断歩道レーンをオーバーして…横断歩道レーンの真ん中あたりで車を停めた…恐縮顔で横断する人々を見送ればいいものを…私ときたら赤信号が青になるのを町ながら…胸元でアイホーンを覗いていた…ラインには色々な情報が入りますでしょう?…日本中の人々の殆どの最近の姿は…手元に視線を落とす…スマホに向かう姿ですよね?…この高齢ドライバーもごたぶんに漏れず…スマホに入った情報をかいつまんで、斜め読みしていました…なんでも小学校を立てるのに、契約書が3通あって…金額が7億5千万とか15億とか23億とか…その学校へ総理大臣が100万円寄付したとか…9億の土地を8億値引きして売ったとか…アメリカ大統領はだだっこみたいだし…横断歩道に乗り上げた状態で、そんなことするう?死線を感じた!どえらい形相のおじいさん!いまから思えば、ふつうのジャンバーを着ていたのだろうけど背をまるく膨らませてドテラを着ていた風に感じる…声は聞き取りにくいけれど…怒声でののしっている…ごもっともだけど…それ以上怒らせては…そっと窓を開ける「すみません…」「何、しとんねん!スマホなんかしやがって!!!」「すみません…」     ほんとはスマホは信号待ちになってから開いてのであって               横断歩道に乗り上げたのはスマホを見ていたからではない               のだけれど、いずれにしてもこの怒りを静める術はなさそうだ。冷たい視線でもなく、怒りに燃える死線でもなく…あの死線は濁った侮蔑の死線に思えた…純粋に私の所業を嗜めるという感じではなく…オーバーに言えば、今の爺さんの自身の不満に満ちた状態から噴出す怒声に感じた…「すみません…」背を丸めて威嚇するドテラ姿のイメージが…信号が変って、横断歩道をおずおずと車を進めるわたしの胸には灰色が浮かぶ…あらは灰色と思っていたけれど…トーンは暗かったけれど水色のジャンバーだったに違いない…すみません…スマホって、何はともあれ見たいのよねえ…すみません…あんな不機嫌な表情を作らせてしまって…もし立場が逆だったら…車の窓を開けるように 怖い目つきで指示してから…「人の命と その小さな薄い箱と ドッチが大事?」って言おうかな?それとも「わたしも、よくやるの! だめね?」と言おうかな?     久振りに お土産一緒に アートに来てくれた 頭のいいま~~~ちこちゃん!         あなたなら  どう言いますか?                                                     YOKO                  

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  • 26Mar
    • 咀嚼

      母の自宅介護生活になって、あわただしく過ごしていてそれでも段々リズムが出来て、狂っていたおなかの調子もよくなってリズムを取り戻せた。すると食事も気になって、よ~~~く嚙むようにこころがけはじめた。よく孫に「よく噛むのよ30回は」などといいながら私は実行できていない。そこで30回50回100回と入れ歯の口で食していたら段々わかってきた。30回でも50回でも100回でもいい。要するに食べ物が口の中で液状になるまで噛めばいい。70歳を過ぎて今更ながら、噛み方の感触を会得するとは!恥ずかしいけれど、食べることが楽しみになる…胃漏の暮らしになった母の口腔をケアーしていて「お饅頭…」「熱いお茶」と所望されるたびに食べさせたいと思う。弟などは「こっそり食べさせようか」と言う。「それはダメだよ」といいながら「そうだね、食べさせようか」と思っている。食べること、食べられることは生きることの原点だと今更ながら痛感する。母の闘病はこれから口径食を目指そうとしている。どうかもう一度食べられるようになりますように…総入れ歯でもいい、食べられますように…。胃漏になって4ヶ月…母の闘病を通して、食べることのありがたさを学ぶこの頃です。                 YOKO                    

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  • 25Mar
    • よーく寝かせてもらって

      快適!うむ、脳も目覚めた感じ!昨日久しぶりに、私に介護の要領を教えてくれた看護婦さんが見えた。「久振りです」11月22日もう諦めかけて退院した母の命。それの手当ての方法を手取り足取り教えてくれた看護婦さんが久振りに見えた。そして私の介護をべたべたに褒めてくれて…それで今日は快適な体で今から母の介護に出かける。人は褒められると活力がこんなにも出るものか!ちょっと反省!さあ出発します。12キロ先の母の許へ!              YOKO

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  • 22Mar
    • ほんのり嬉しくて…

      昨日ごたぶんにに漏れず大相撲に熱中していて仕事場の奥のテレビをつける。高安が土俵に上がる…するとアートにいつものリュック氏が静かに登場…「いらっしゃい、高安みたいと思って、おにぎりあそこに作って置いてあるからね」彼は毎週火曜日勤務を終えてそのままココ練習場にやって来る。勤務の続きのダンスではおなかが空くだろうとおにぎりをいつも作って迎えるのだが…相撲を見たい私は予定を早めておにぎりを作っていた。「ちょっと待って先生、今日はお土産もって来た」おもむろにリュックの紐を解くリュック氏早くしてよ~~~高安がもう出ているのに…スローモーションを見ているようで季が気でない。「これ、うまそうだから先生に」差し出す手の上には流し菓子 栗手毬…赤い地色の上に花絵をあしらった綺麗な和菓子が乗っていた「わああ!綺麗!おいしそう!でもテレビ観るよ」和菓子を手にのせたまま観戦した。高安は躍動的に勝った!それから稀勢の里も勝った。ほっとして…手の上の和菓子に視線を移す。リュック氏この和菓子を私のために今日はもって行こうと思ってくれた心がやっと伝わってくる。お抹茶を立てたくなる上品な京菓子…リュックの底をまさぐって和菓子を取り出す姿が愛おしくなる…ごめんね?せきたてて…相撲がくわしい訳でなく…19年ぶりの日本人横綱と兄弟弟子の相撲に日本中が沸き立って私も便乗していたけれどリュック氏の心を思うと、恥ずかしい…ほのぼのと嬉しさが胸に広がった昨夕でした。        YOKO

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  • 21Mar
    • おどろき!

      昨日祭日送迎依頼の電話を受けて阪神深江の駅まで出向く。ここアート社交ダンス練習場は海辺にあって駅から徒歩で15分は掛かるため、送迎車を出している。到着寸前、車で来ているお客さんの車と出合った。ナンバーが321とある。ご夫妻でお越しのおきゃくさん…「ナンバーは注文ナンバーですか?」彼は頷いて伴侶を指した。「奥様のお誕生日ですか?」にっこり頷く視線の先の奥様に「How old are you?」「Seventy」「Realy?」到底見えません。70歳とは!いつも仲睦まじく、にこやかにダンスを嗜むお二人。日頃、寄り添う奥様は笑顔を絶やさず踊っている。その姿は70歳を迎えるとは思えない。「I think you just like 40ty」ダンスをするから若いのか?笑顔の耐えない生活が若さの由縁なのか?きっと両方なのだろう…笑顔に誘われて一日頬が緩んでいました。 ふと 自宅介護中の96歳の母の最近の表情は眉間に皺が寄っている。あの皺がとれるといいなあ

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  • 20Mar
  • 19Jan
    • ブログの行方

      おはようございます。ちょっとブログを休んでいました。母の介護がたけなわになりついブログの時間を作れませんでした。母は驚くほどの快復で、全くの寝たきりから「おしっこ」を訴えるようになり思い切って おまる 座らせるとそこで用をたしてくれました。昨年9月に誤嚥性肺炎で入院し病院にも見放されこれ以上治療の効果はないと退院を勧告された母が死線を越えて普通の生活に向かって少しずつ歩んでいます。弟も私の作っていくブランチにいちいち文句を言っていましたが最近は「グラッチェ」なんて謝意の言葉を発したり…三日前あまりに白髪が増えたのでアート社交ダンス練習場の営業時間にも関わらず、お客さんに留守番ねがって美容院へ行きました。「時間がないので、染めるだけ、お願い!」「合点承知の助」ヘヤーケアーを天職と自認するこの美容院のオーナー…といっても一人で経営しているのは私と同じなのですが彼に白髪を染めてもらいながら「弟ったら、私の料理を あんたの子ども達は可哀想やなあ、こんな料理で育ったなんて というのよ」というと彼は「よほどお姉さんに甘えているんですね」と言う。彼のお陰で元気がでました。では今朝もはよから母の看護にでかけます!!!!

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  • 07Jan
    • けなしあいも飽きてきて

      弟は最近、得意の酷評をしなくなった。多分余裕がなくなったのだと思う。私も母の介護を かいごごっこ などと言って 楽しんでいたけれど 母と弟のベッドが並ぶ部屋に入ると、私に気付いた母は両手を高くあげて、私を招く。まだコートのままちかづくと、その両手が私の首にあるマフラーを掴みとり、みずからの首に慌てた手つきで巻き付けようとする。今の母は寝返りさえもできない、なのに腕だけはよく動く。声も出づらくなって、言葉がききとれない。それらの変化を渦中にあって、世話をすればそれでいいと思っていたが、母は特別世話焼きだった、その人が、世話を焼かれるということの、いわば屈辱に似た苛立ちを感じているのではないか…そう思えた時、あやすような介護ではいけない、ではどうすれば… 介護ゴッコなどと自己満足してた私はアッパーカットを喰らった。どうしよう…どうすればいいの?きっと弟もそれで意地悪ことばを捻出できなくなったのかも知れない。

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  • 04Jan
    • ちょっと画像をお届けします。

      ご覧ください。ここダンス練習場のカウンターに飾った母の絵と昨年12月28日末広がりにちなんでついた鏡餅です。今日のお客様はみなさんご夫婦でした。お正月明けでちょっと体が思いと仰っていましたが、楽しそうでした。ご夫婦が向き合って、ダンスを練習するってつくズクいいなって思います。うらやましいなあ… 割に暖かいお正月ですね?鏡餅にカビが生えないうちにみなさんダンスに来てください。  

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  • 01Jan
    • 今日は嬉しい年賀状が!!!

      ご無沙汰しております。先生のブログ 変わらずの すてきな文章でニンマリ読ませていただいています今は一児の母になって東京に住んでいるという営業婦人人懐っこくて 可愛い人だったけど・・・・・・・・・・忘れていたよ 君のこと。。。。。。。。・・・・・・・・・・でも もう 忘れない。。。。。。。。・・・・・・・・・・時々覗いてくれて ありがとう。。。。。。。誤字だらけで ごめんなさいね?新年あけまして おめでとう ございます。やっぱり 節目があるっていいでえすね?お掃除するから 周囲も 心も ・・・・・・1月1日 母の看護の儀式 看護婦さんがこないから私がする。それが あんなにビクビク腫れ物に触るようにしていたのに「まま 足きれいになったよ!ほら 指動かしてみて?1.2.3.4」出来るようになりました。もう怖くなっかあるもんか!ネフライザーって 喘息さんが耳鼻科で口に当てる蒸気みたの弟がアマゾンで買った。操作はややこしいけれど  母の口の中が乾き過ぎなくていい。でも母はいやがる。すぐ振り払おうとする。これをしたら 口の中に 塊できにくいんだから やろうよ私は自分の口にあてて 大きく息を吸ったり 吐いたりして見せる母もそのリズムに合わせて呼吸する「さあマンの番よ」2分保たずに 振り払う  しかたないね 今日はここまで!!!この母は器用な手を持っていて料理もおいしかった。その母に育てられたどころでなく 65年殆どを一緒にいるのだからいまでこそ 母は料理の出来ない体でけどずっと母の味と親しんでいるわけだから馴染んでいるのは当然でままこのようになった(子どもを持って別世界の核になった9私の味に 文句を言うのも当然だろう…話がそれました。  母の手が描いた 正月の画 を 見てください 68歳 1989年に描いたものです。この単身爛漫さ 驚いてください。あらためて 新年、あけまして おめでとうございます。よいお年を   ぺこん

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  • 30Dec
    • 大分疲れて…

      弟は反対語の名人いや本当かも知れないがずっと私の料理にケチをつけてきた。その駆け引きが面白かった時代は過ぎて…からもどう文句をつけていいのか「めんどくさい」となった。12月28日は末広がりといわれて持ちつきに適した日とされていてその日が丁度 仕事場アートの定休日なのでそこで15時から 持ちつきをはじめたもちろんもち米は前日に洗って水に浸けている。その待ちつきに 生後2年の孫に経験させてやりたいと次女が持ちつきの手伝い なのか お邪魔に来た。10キロだから 1キロづつで 10回つくことになる。もう30年にはなる 使い古した餅つき機はちょっということを聞かないところもあってこの分だと朝までかかるから明日の母の介護の手伝いには行けそうもないそのことを 夫を通じて弟に伝えた。不本意だったかれは 不服たらたら言っていたと夫は言う。そして今日の朝行く。いつもなら 私は色々話しては「よくしゃべるなあ」といなされてもバカみたいに快活にしていたがここはもう 機嫌を損ねた私は必要以外はもにも言わずせっせと母の身の回りの世話をした。確かに母と弟のつながりは深い。こんな息子はなかなかいないと思う。しかし 思いやりをもって手伝いに行っている人々への対応は横柄だ!!こらから続く 遺漏から経口への 困難な道のりのことを思うと健康を維持するためには…野菜をいためて 昨日ついたお持ちを焼いて テーブルに並べた。塩コショウの加減を例によって「辛れ~~~~」とか言っていたが  無視した。大好きな母のためにおまはんは倒れていられないならきちんと食え!!!辛かろうが 、きちんと食いやがれ!!!これが8歳年上の姉の心境である。      つづく

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  • 27Dec
    • 飯無しの日

      昨日のメールを読んでくれている、アートにきている親しい生徒さんは言うA  「ちょと 長いですね ぶろぐ」Me「そうなのよ、止まらなくなってね?」B 「そうやねん、ようこさんのメール、長くて 誤字があるやろ」A 「長くて読むのがめんどう(こう言ったかどうか、それに類する言葉)ど、弟さんとお母さんの関係すごいですね。先生のメールは私のパソコンに直接入るから いつも見ています。いいね を押そうかと思うんでけど…」Me「介護のことだもんね いいね に繋がらないよね」  ぶろぐ に 何を書いていいのか…    誰が開いてくれるのか分からない 相手に向かって 書きなぐる心境に  コンセプトはあったのだろうか…まあいいや 書きたいから書くこと お許しあれ。この絵はつつきシリーズで 登場している 主人公 96歳の母が68歳の時、1989年にお正月の絵を描いたものです。この屈託のない筆使い、なんの絵画の専門知識なく ただ好きで描いているのです。私のぶろぐも これくらい 屈託なく書けたら いいな…弟に「今日は飯ないよ」と 言う。「ああ よかった」だとさ。         ほんとはがっかりしてるのよ つづく内緒だけど 飯がないのは 焦がしたから でしたあ        

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  • 26Dec
    • 持ち寄り会食

      母が急遽退院したのは11月22日の夕方だった。もう治療の全てを施して母の状態は肺に水が溜まり、排尿も出来ず、これ以上の改善は見込まれない、病院でみとるか自宅に帰るか決めるよう医師に告知されたのでした。医師に呼び出された弟と私は即刻帰宅を決め私は先に帰り部屋を整え、弟は介護タクシーで母と帰った。覚悟は決めていた。弟の母への思いは格別なので地域の医師はそっと私に耳打ちした。「もし私が来る前に息を引き取られたら、時間を確認して。ください」頷きながら、いよいよその時が来るんだ…あわてて受け入れ態勢を整えてくれた地域の看護グループの社長をはじめスタッフたちは母を運び込み、ベッドに寝かせた。外した入れ歯の奥には赤い口内炎が点点とある。肺はぜいぜい音がする。遺漏のつなぎ口周辺は赤く炎症している。下半身は排尿が出来ないためか見るも見事にはれあがっている。足は紫色で硬直している。そういえば11月10日母はも遺漏手術に移ろうと病院でケアマネさん地域看護師さん達と打ち合わせをしていた。その時母は20秒おきにベッドの柵を両手で掴み言葉にならない苦しげな叫び声を上げていた。その意味は私には分からない。それでも遺漏の手順を習って、いまから家で遺漏をしようと思っていた。ここからは医療専門家でない私には分からないことだが異変が起きたのだろうただ看護婦さんに 赤くただれた遺漏口を指摘した。こんなに赤くて大丈夫ですか?看護婦さんは明るく頷くだけだった。どう変化して、手の施せない状態になったのか…ともあれ帰宅と決めた時玄関先まで贈ってくれた医師はこの先またここに入院しないよう と 介護タクシーに母と共に乗る弟は言われたそうだ。たしかに「ご高齢ですからね」迎えるべき時が来たのでしょうね…そうとも言えても弟の思いは遺漏は快癒の手段であり向後経口食のもどす計画がある。私は半信半疑だが、今迄何度も危機を乗り越えてきた母と弟の闘病暦から思うと 奇跡はおきるかもしれない。自宅介護となってひと月が過ぎる。土・日は地域看護師さんも来なくてもすむ状態にまでなった。その二日は私が看護師さんの代わりを勤める指示を受けた。「ママ朝だよ!お顔拭こうね?」呼びかけると母の手が私を求める。力のある指で私の手を掴む。酸素吸入器を外し 顔をほっとタオルで優しく拭くととても気持ちのよさそうな表情をする。「いいい?この管外しちゃだめよ」母よく自分で酸素吸入の管を鼻先から外している。隣のベッドで寝ている弟が「もう酸素なくても 98や」と寝ぼけ声でいう。「どれどれ、酸素をはかろうか…96だね」「手が冷たいからや、98はあるはずだ」と弟「さて、次は体温ね…36.6…よーし、熱はない」一晩口を空けて寝ている母の口の中はいまでは赤くただれた口内炎は消滅しているけれど痰や唾液が口の奥で乾燥していてのどの奥に硬い石のような塊になっている。そのざらざらを手袋をつけた指でまさぐる。はじめはビックリしてしまった。のどの奥にざらざらが固まってつらなっていることが何事だかわからない…私はそれをエベレストと名付けた。看護師さんに丁寧な説明を受けて納得。まずオーラルバランスというジェル状のものを口のなかにやさしく塗ること。歯茎や舌の周りはもとより喉奥にはびこっているエレベストにも塗る。甘い味がしているらしく、母の抵抗も舌の周辺を塗る時はない。エレバスとに差し掛かると母は私の手を掴んで離そうとする。「だめよ、そこに塗っとかないと…このお陰でエレベストが消えるンだから」このジェルの仕事は凄いと思う。10分ほどすると固かったエベレストは跡形もなくなる。といってもその柔らかくなった エベレストを引き取らねばならない。スマホの懐中電灯をつけて 湿らせたガーゼを指に来るんで、口の奥をまさぐって それを拭き取るのが難しい。母もいやがる。完全に拭きとれない流動物は食堂に流れていく感じが読み取れる。私はまだ吸引器を使ってそれを吸い出怖くてできない。鼻や口に管を差し込んで 掃除機同様吸い出すのだけれど…それは弟が上手なので「吸引たのむよ」「ウン」さて血圧は…弟の買った血圧測定器はどうも正確でないらしく上が159で下も130だったか…そんなはずじゃないけど…脈は86  私は60位なのに 早いなあ…胸には硝酸イソソルビドとかいう心臓病貼り薬を張り替える。毎日左右向後に5センチ平方くらいの透明のシールを日付を記入して貼る。昨日が右だったら今日は左がわに貼る…心臓にこんな薄い貼り薬がどうして作用するのだろう…さてそこまできたら 遺漏口の手当てひどかった 遺漏口の炎症もすっかり治っているけれど腫れの引いたからだに空いた穴の直ぐそこに肋骨があり肋骨から急激に引っ込んだお腹との安定のためにもガーゼの厚みを工夫して、少しだけ抗生物質炎症止めの薬を付けて着装する。さあ次ぎが おむつ替え。みるとたっぷり尿が出ている。取り出して 測りにかける。おむつ自体の重さを引いてメモする。117と記録する。一日に計測する排尿は600代…退院当時は1000代だった。あの大きく腫れ上がっていた下半身の水が出たことになるのだろう。それにしても腫れかとれたあとの体の痩せていること…骨と皮しかない。筋肉をどうしたらつけることができるのか…リハビリ係りに託すことになるのだろうな…そんなことを思いながら脚足を少しマッサジ…脚の一部に差し掛かると母は痛いという。喉がかれて声のでにくい声で「痛い」といわれると辛くなる。「ママ?脚の指動かしてみて、ほら 1.2」それには今のところ反応はない。手はよく活動して、今日も私の髪を掴んで引き寄せられた。これで朝の看護の肯定は終わりそこから遺漏のお食事指定された薬 栄養のラコールNF配合経腸用液200cc終わりに白湯を20cc  点滴風にセットして朝の行事は完了「ママ?終わったよ」母は静かに合掌して見せた。そして朝日の差し込むベッドの上でまどろみ始めた頃夫がサンドイッチを作って来る。私が持ってきた味噌汁と魚料理を3セット 母には見せたくないけれど母の足元のテーブルに載せて今日からは10時半 介護でばたばたしていても30分くらいは 夫も加わって 3人でブランチを楽しもうとしている。どうぞ奇跡が起きます様に…     つづく

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  • 25Dec
    • オ-プントーストと野菜スープ

      土・日は看護師さんがお休みの日その日の朝の母の治療は私の担当夜中の母の介護は弟が寄り添っているゆっくり休ませてやりたい時間が朝の3時間ゴーゴー爆睡している弟と安らかに目を閉じている母をおこさないように…あたりを片付け(言いたくないけど弟の散らかし方は尋常でない)そっと厨房に言ってチーズを乗せたオープントーストと冷蔵庫の野菜のはしたをありったけ集めて野菜スープを作るやがて目覚めた弟は土曜の喫茶店の開店準備にかかる。自宅介護の連携プレイは少し軌道に乗り始める30分くらいはブランチをゆっくりとりたい…テーブルに今日のメニューを並べ弟が席に着くのを待ちながら母の部屋の床を拭く…弟は野菜スープをすするとき酷評するのを忘れていた。     つづく

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