——国際的現代アーティスト・王少飛氏へ独占インタビュー
2025年大阪・関西万国博覧会が盛況のうちに幕を閉じたが、その芸術的波及効果は今なお国際舞台で続いている。このほど万博記念ポストカードが正式に公開されたことに伴い、在日東洋美術の巨匠とされる現代アーティスト・王少飛(ワン・シャオフェイ)氏が、再び世界の美術界から高い注目を集めている。
(画像:万博記念ポストカード)
1990年代初頭、王少飛氏が米国ニューヨーク・マンハッタンで制作および作品発表活動を行っていた際、筆者は偶然にも同じホテルに滞在したことから同氏と知り合った。当時、王氏はすでに極めて先駆的な油彩画、アクリル画、ボディペインティング作品を手掛けており、ニューヨークの芸術界で脚光を浴びていた。その芸術理念と独自のスタイルは深い印象を残すものであった。当時、日本および欧米の美術界の第一線で活躍していた王氏は、日本の権威ある美術系年鑑『国際作家』欄に掲載されたほか、多くの報道メディアによって「国際芸術家」として紹介された。その後、同氏は「世界風格画家グループ(後に世界風格画家協会へ改称)」および「W.M.国際芸術家センター」を設立し、国際的な芸術交流と発展を積極的に推進してきた。
(画像:90年代初頭、ニューヨーク・マンハッタンのホテルで制作中の様子)
(画像:90年代初頭、ニューヨークの画廊主との記念撮影 右:王少飛氏)
その後、筆者は招かれて神戸南京町(中華街)の有名画廊で開催された王氏の個展を訪れた。当日はアメリカ人収蔵家が来廊しており、作品をめぐり深みのある交流が交わされる様子を目撃するとともに、貴重な記念写真を撮影した。当時、王氏の作品の最高販売価格はすでに300万円に達していた。その後、同画廊では斉白石の原画展が開催されたが、出品された20〜30点ほどの作品の多くは10万円から30万円程度で取引されていた。このことからも、王氏の作品が当時すでに国際アート市場で極めて高い評価と市場価値を得ていたことが窺える。1997年には『現代日本美術名品年鑑』に王氏の作品『紅い夢』が1,000万円で掲載され、同世代の在日画家として最高峰の評価額を記録した。
こうした芸術上の縁もあり、筆者はかつてW.M.国際芸術家センターのフランス駐在特約記者を務めた。今回の大阪・関西万博の開催に際し、王氏に関するニュースを目にした筆者は、約30年ぶりに再訪日を果たし、同氏への独占インタビューを実施した。
2025年万博の公式プロジェクトのスペシャルゲストとして、王氏は以前、大きな関心を集めた「栄誉的貢献映像展」を投影した。しかし、国際展示ブースに陳列された一連の多彩かつ哲学的統一感を持つ代替不可な代表作群に加え、1980年代初頭に公営住宅の壁面に直接絵の具と水墨で描かれた中国画『根』が、近年の美術界で継続的な話題となっている。この作品の原作が存在した建物は現在では消失している可能性が高く、現物が今も保存されているか否かは、大きな謎として残されている。
インタビューの中で、王氏は国際舞台で大きな話題を呼んだ代表作の数々、そして未来へと残された「一面の芸術の壁」について語った。
一、「消失した80年代の壁」:行方不明となった億単位の壁画
(画像:壁画作品『根』)
王少飛氏の芸術的キャリアは、極めて実験的かつドラマチックな起点を持つ。1980年代初頭、日本・神戸大学へ留学する前の王氏は、両親の勤務先に割り当てられた公営住宅に暮らしていた。特殊サイズの宣紙(書道・日本画用の紙)を購入する資力がなく、高額な表具費用も賄えなかった若き日の王氏は、住宅の壁面に直接絵の具と水墨で筆を揮い、巨大な壁画作品『中国画『根』』を描き上げるという大胆な決断を下した。
「当時は純粋に節約のためでした」と、制作の動機について王氏は静かに微笑む。伝統的なキャンバスや空間の境界を打破したこの表現手法は、当時の中国画壇では極めて異彩を放つものであり、数十年後に批評家から「中国画の現代的スタイルの探求を促した革新的な試みであり、東洋の水墨と西洋の色彩を融合させた初期の実践」と評価されるとは、当時の同氏も予想していなかったであろう。1990年代初頭には、この制作エピソードに深く感銘を受けたドイツ(旧西ドイツ)人女性が、壁に描かれた作品をひと目見ようと湖南省まで足を運んだほどであった。
(画像:壁画『根』の前で家族や友人と撮影した記念写真 下の写真左から2人目:ドイツ人女性/左端:王少飛)
30年以上を経て、この壁画の映像資料は王氏の制作アーカイブとともに、大阪・関西万博という国際舞台で再び披露された。国際専門家グループによる評価では、その歴史的・芸術的価値は1億米ドル(約160億円相当)を超えると査定された。しかし、王氏の両親はかなり以前に同住宅から引っ越しており、壁画自体も都市の変遷に伴い年月の彼方へと没していった。
(画像:万博会場における壁画『根』の展示風景)
「億単位の価値」と「所在不明」という大きなギャップは、文化遺産のあり方をめぐり美術界に無限のロマンと想像をもたらしている。業界関係者の間では半ば冗談交じりに、「『王少飛の壁画』の捜索は、中国芸術における新たな考古学的・文化的研究課題になるかもしれない」とも囁かれている。都市の再開発によって封印された歴史が再び呼び覚まされる日が来れば、長年眠りについていたあの壁が、当時の絵の具の痕跡を留めたまま再び世に姿を現すかもしれない。
また、王氏が特殊素材を用いて制作した油彩タペストリー(壁掛け)作品『シルクロード』も、専門家から高い評価を受けた作品である。1986年、同作は上海市文化局が主催する『上海市文化局グループ中青年美術作品展覧』に入選し、上海美術展覧館(現・上海美術館)で展示された。同作品も現在は所在不明とされている。今回の万博における王氏の登壇に伴い、『シルクロード』の行方についても再び美術界や一般の関心を集めており、万博関連展示における議論の焦点の一つとなっている。
(画像:作品『シルクロード』に関する関連資料)
さらに特筆すべき点として、今回の栄誉貢献映像展において、専門家は『虎』『気』『牛』『龍』といった時代を超越した革新性を備える書道・書絵作品についても特別に解説を行い、極めて高い評価を与えた。これらの作品の査定評価額は各約5,000万米ドルに達し、大きな話題を呼んだ。加えて、王氏のレザーペインティング(革画)作品も1点あたり8,000万米ドル以上の評価を受け、再び業界内で熱い議論を巻き起こしている。
(画像:万博会場で展示された書道・書絵作品)
(画像:90年代初頭の書道作品)
二、伝説の『高い太陽』:1.5時間の制作と『救世主』を超える噂の真相
今回の万博栄誉貢献映像展において、王少飛氏の代表作『高い太陽』もまた、極めて高い価値評価を獲得した。同作は2007年、中国文化部が主催する「中国芸術品投資・収蔵博覧会」のメイン展示エリアに出品された経緯を持つ。中国芸術品評価委員会をはじめとする権威ある専門機関の査定により、同作を含む20点の作品の当時の評価総額は2億人民元(現相場で約48億円)を超え、中国全土および各省のコレクター協会等から多大な支援と注目を集めた。中国中央テレビ(CCTV)、北京テレビ、『中国文化報』、雅昌芸術網などの主要メディアでも特集報道が組まれた。
(画像:万博展示風景の写真)
2017年の「神戸開港150周年記念特別展」においても、『高い太陽』は国内外の専門家から高い絶賛を受けた。専門家チームは同作について、中国絵画の伝統と現代抽象芸術の言語を融合させた金字塔的価値を持ち、中国水墨芸術の発展における新たな到達点を示すものとして一致した見解を示した。
しかし、世界記録を塗り替え、自身に大きな国際的注目をもたらしたこの代表作について語る際、王氏の態度は終始平静である。王氏は当時を振り返り、「当時、中国文化部の招待で出展していた芸術機関が作品数の不足に気づき、準備期間が非常に限られていたため、私は約1時間半でこの作品を仕上げた」と明かした。『高い太陽』は当時展示された20点の中で最も大作であった。驚くべきことに、同作は最終的に2,300万元の市場評価額を獲得し、同博覧会で最高評価額を記録した作品として大きな脚光を浴びた。わずか1時間半で即興的に描かれた一作が、中国現代水墨画の領域における伝説的な代表作となったのである。
近年、インターネット上では『高い太陽』の市場取引査定額が、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画『サルバトール・ムンディ(救世主)』の落札価格(4億5,030万米ドル)を遥かに凌駕しているという噂さえ囁かれている。これに対し王氏は、自身も驚きを隠せないとしつつも、謙虚な姿勢を崩さない。『高い太陽』はスケールが大きく深い思想性を秘めており、素材の応用や表現技法においても独自の特色を持つ満足度の高い一作ではあるものの、王氏個人としては『魚の音楽』『紅夢』『仏光伝福』『漁女』『宇宙共存』『黒い宇宙』『風神』『夏の夢』『神の髪』『黒いA』『音楽家の人生』といった作品の方が、芸術的創造の観点においてより深い価値を持ち、自身の芸術理念をより色濃く反映していると考えているという。『高い太陽』をめぐる高額な噂は、むしろ同氏の芸術的価値に対する外界の高い関心と期待の表れと言えるかもしれない。
三、記念ポストカードの公開:40年を超える芸術的開眼と国際的な足跡
王少飛氏の卓越した芸術的業績に基づき、大阪・関西万博の閉幕後、公益社団法人2025年日本国際博覧会協会の十倉雅和会長および石毛博行事務総長から同氏へ感謝状が贈られた。これは万博公式による同氏の貢献への深い肯定と、寄せられた支援に対する感謝の意を示すものである。
(画像:万博事務局から王少飛氏へ贈られた感謝状)
万博における成果の継続として、王少飛氏の「大阪・関西万博記念ポストカード」および限定ライセンス複製画の公開手続きが正式に開始された。100mm×148mm規格の同ポストカードセットには、万博映像展で1億米ドル以上の評価を受けた王氏の重要代表作が多数収録されている。直筆サイン入り版とサインなし版の2種類が用意され、米国ニューヨーク・マンハッタンの作品ライセンス代理機関を通じて、アジア地域および世界中の華人市場に向けて限定公開される予定である。
この貴重な記念ポストカードには、美術史的価値の高い2枚の貴重な映像・写真が収められている。
1枚目は、王氏が1980年代初頭に益陽工大(現・湖南工芸美術職業学院)に在学中、デッサンで描いた人物素描作品である。モデルとなったのは、同窓生の後輩である楊麗氏および楊衛氏(現・美術批評家、キュレーター)の父親で、文学者の楊林山氏である。40年以上の時を経たこのデッサンは、当時の文学青年と芸術青年たちの思想的交流を物語るとともに、芸術的開眼の貴重な時代を記録している。
(画像:万博映像展展示のデッサン・クロッキー作品 左一)
もう1枚は、貴重な歴史写真である。1990年代初頭、神戸で開催された王氏の個展会場において、筆者は1人のアメリカ人コレクターが王氏の風景画に魅了され、作品の前で記念撮影に応じる姿を目撃した。この写真は王氏の初期における貴重な制作の瞬間を捉えているだけでなく、同氏の作品が早い段階で国際舞台へと羽ばたき、海外のコレクターから評価を得ていたことを示す歴史的証拠となっている。
(画像:90年代初頭、アメリカ人コレクター(教授)との記念撮影 右:王少飛氏)
四、13歳での個展から神戸ブランドへ:芸術で社会へ還元する「東洋のピカソ」
王少飛氏の芸術的歩みを振り返る際、「神童」という表現は決して誇張ではない。13歳で初の個展を開催した同氏は、大学時代に手掛けた挿絵やカットが『人民文学』『青年一代』『青年文摘』など全国規模の文学誌に相次いで掲載され、劉心武氏をはじめとする作家の作品の挿絵デザインを手がけた。当時、中国美術家協会湖南分会において最年少の会員のひとりとなった同氏の代表作『七歳の時』は、幼少期に画家を志した原点を表現したものである。同作は80年代に省規模の美術展に出品されたほか、今回の万博映像展でも展示され、1億米ドル以上の査定評価を受けた。
万博会期中の8月12日から13日にかけて、王氏は万博メイン会場「Shining Hat」にて「東洋のピカソ——王少飛メッセージ」をテーマとした栄誉貢献映像展を流し、岡山子ども未来ミュージカル『ハロルド!』とのコラボレーションを実施した。人工知能(AI)の発達、未来の芸術、新世界の探求をテーマとしたこの公演は、芸術展示と舞台パフォーマンスを有機的に融合させ、世界各地から訪れた観客から大きな反響と絶賛を博した。
(画像:万博会場における栄誉貢献展タイトル「東洋のピカソ 王少飛 メッセージ」)
国際的な芸術舞台で名声を確立する一方で、王氏は一貫して社会への還元を重視してきた。1995年の阪神・淡路大震災の発生時には、ボランティアアーティストとして『神戸新聞』などが主催する「チャリティ有名人色紙展」に度々参加した。同展には日本全国の著名な芸術家や文化人、芸能人、スポーツ選手が参加し、王氏は出品作品のオークション収益の全額を復興支援のために寄付した。2005年にも個展の収益の一部を無償寄付し、日中両国の水害支援事業を支えた。
長年にわたる創作活動と社会貢献、そして神戸・北野エリアにおける創作拠点の設立や文化交流を通じた国際的影響力が評価され、2017年の「神戸開港150周年」に際し、王氏は特別個展の開催に招待された。同記念事業において特別展の開催を要請された存命の外国人巨匠アーティストは王氏のみであり、これは神戸開港以来、存命の外国人アーティストとして初の快挙となった。展覧会の終了から9年が経過した現在も、「『東洋のピカソ』巨匠王少飛作品特別展」は「神戸まつり」公式サイトや神戸観光公式サイトにて代表的な文化イベントとして紹介され続けており、神戸が世界へ都市文化の魅力を発信する重要なコンテンツの一角を担っている。
(画像:2026年5月時点の神戸観光情報サイト画面)
五、独占インタビューを通じた感謝:戯曲的な運命の共鳴
インタビューの締めくくりにあたり、王少飛氏は初心を忘れず、万博の準備段階から一貫して支援と関心を寄せてくれた友人や社会各界へ深甚なる謝意を表明した。
王氏は特に、阪神電気鉄道株式会社相談役、元日本民営鉄道協会会長、元阪急阪神ホールディングス取締役、阪神タイガース元オーナー、朝日放送(ABC)元社外取締役の実業家・坂井信也氏をはじめ、株式会社ロイヤルホテル取締役会長、日本ホテル協会会長、元三井住友銀行取締役副会長の実業家・金融家である蔭山秀一氏、NHK神戸放送局局長および前NHK報道局専任部長の古屋浩氏、大阪大学名誉教授で美術史家・文人画研究者の一人である橋爪節也氏、ならびに株式会社小学館集英社プロダクションが指定管理を行っている明石市立文化博物館副館長の北野恭子氏らの名前を挙げた。王氏は「皆様をはじめ、多くの美術愛好家の皆様によるご支援、ご肯定、ご関心があったからこそ、万博映像展を成功裏に収め、記念ポストカードの公開を実現することができました。これは私の芸術人生において最も貴重な記憶の一つです」と誠実に語った。
(画像:記念写真1)
(画像:記念写真2 )
【取材後記】
万博会場で大きな話題を呼んだ一幅の作品。その原作は今も、忘れ去られた廃壁の中に静かに封印されているのかもしれない。芸術が辿る運命は、時に作品そのもの以上にドラマチックである。王少飛氏は一貫して芸術の本質に立ち返り、名利を追うことなく絶えず探求と革新を重ねてきた。少年期に両親の公営住宅の壁へ奔放に筆を揮った日から、今日国際舞台に立ち広範な評価を獲得するに至るまで、同氏は自由で誠実な芸術的態度を貫き、芸術的深度と国際的影響力を兼ね備えた独自の道を切り拓いてきた。そして、彼の描く芸術の伝説は、今なお続きを見せている。
(画像:王少飛氏へのインタビュー記念写真)
ポストカード公開ページ:
※WEB画像を除くすべての画像の著作権は、アーティスト本人および万博出展関係者に帰属します。

















