食べ終わった後の丼や鍋を律儀に洗う里奈を余所目に、みなみはテーブルに肘をついて暇を持て余しながら、その光景を眺め見ていた。
水の流れる音と食器を洗う音をぼんやり聞いていると、つい昨日まで普通に過ごしていた実家を思い出す。当たり前に過ごしてきた日々は、いつになっても無くならない物だと、どこかで勝手に思い込んでいた。だが、それは自身の勝手な思い込みで、いつかは必ず手放す時が来るのだと、上京してきたメンバーを見る度に実感した。
里奈はどんな気持ちで東京へ来たのだろうか。当たり前に繰り返される、居心地の良い日々を手放すのに、勇気はいったのだろうか。
今までは、それを考えても答えは出なかった。
だけど、今なら何となく分かる気がする。この島に来て、もう家族に会えないかもと考えると、胸がギュッと締め付けらて苦しいのだ。弱音を吐いて、大声で泣き叫んで我儘を言えば、帰らせてくれるだろうか。
分かってる。それが無理だって事くらい、みなみにだって理解は出来ている。
目の前で起きた光景が、嘘でも何でもなかったからだ。
「お母……さ、ん」
自然、呟いていた。口にした途端、目頭が熱くなり、じんわりと視界が滲んできた。
「どうしたの? なんかあった?」
水道を止め、洗った食器と鍋を片付けていた里奈が、みなみに気付いて駆け寄ってきた。心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ううん、なんでもない。あれ? なんで泣いてるんだろ? へへへ、おかしいなぁ?」
慌てて繕うが、一度溢れた涙は止まることを知らなかった。
そっと頭を撫でてくれる里奈の優しにも、また涙が溢れていた。
しばし泣いていると、外から、パパパパパパパパと断続的な音が鳴り響いた。
撫でていた手がぴたりと止まる。服の裾で涙を拭って、顔を上げると、里奈の表情が険しいものへと変わっていた。
「生駒ちゃん……?」
「多分、鉄砲の音だと思う」
みなみの呼び掛けの意図を瞬時に察した里奈が、即座に答えた。
里奈が鉄砲と答えたのは、その銃の音に聞き覚えが無かったからだった。優子が持っていたショットガンとも、里奈が持っているグロック17とも違う。だが、この機械的な連続音は明らかに嫌な音だと理解した。
一瞬怯んだ足に力を入れて、里奈は自身のバッグを掴んだ。もう一つをみなみに渡して、右手にはグロック17をしっかりと握りしめた。その自身の行動に驚いたのは、自然と銃を握りしめてしまった事にあった。この銃で自分は何をするつもりだったのか。がたがたと右手が震えた。
「生駒ちゃん! あれ!」
窓から外を覗いたみなみが、手を仰いでこちらに来いと示した。咄嗟に銃をバッグに閉まった里奈がみなみの隣へと移動し、同じく窓の奥を覗いた。
「あれって……?」
肩に大きな銃を担いで、民家の裏手から現れたのは、若月佑美だった。