中田花奈は、隠れていた民家の玄関から目だけをそっと覗かせた。バッグの中に入っていた懐中時計で時間を確認する、午前十時を少しだけ過ぎていた。
ここに居れば、誰かに会える、そう思っていた。
だが、待てども待てども誰も来ない。朝になると、四人の死者の名前が呼ばれた。
放送を聞いた時、花奈は愕然とした気持ちになった。誰かが誰かを殺したという事実に。

今、こうしている間にも、誰かが誰かを殺しているかもしれない。だったらここは危険なんじゃないか、と。

頭をぶんぶんと振る。一瞬でも仲間を疑ったことを恥じる。そんな訳がない、皆が殺し合いなんてするはずがない。

だったら何故、自分は学校の側で皆を待たなかったの?

もう一度頭を振る。

先に出発した子を捜すためだから、仕方ないよ。

だったら、何故、ここから動かないの?

だって、危険だから。

矛盾してるんじゃない?

違う、だって、だってーー

だって?

「こんなところで、死にたくないよっ!」

自問自答に、思わず叫んでしまった。それが本音だった。仲間を信じたい気持ちよりも、死にたくない気持ちの方が強い。

特に、今朝の放送からは、さらにその想いが強くなっていた。

誰も居ないのを確認すると、玄関から飛び出して隣の民家の陰まで走る。辺りをキョロキョロと伺うと、次は裏手の茂みの方へと走った。

ガサっと音を立て、茂みの中に踏み入った瞬間、木々の奥から人影が見えた気がして、思わず頭を下げた。

心拍数が上がる。今なら、口から心臓が出そう、という表現がぴったし来るような気がした。

音は徐々に近付いてくる。来ないで欲しいという花奈の願いも虚しく、人影は音を立てて背後へと迫ってきていた。

「やっぱり、花奈りんじゃん!」

呼ばれて、そっと頭を上げた。ゆっくりと瞼を開けると、そこには若月佑美の嬉しそうな表情があった。

「あ、ああ……」

その笑顔を見て、花奈は嬉しさと共に、自己嫌悪に陥った。自分の考え過ぎだっただけか、そうだよ、誰かが殺しにくるなんてあるはずないよね。

花奈は思わず佑美に抱き付いていた。目からは涙が溢れている。佑美は驚いたようで、飛び込んできた花奈を慌てて受け止めた。

「良かった、無事だったんだ」
「うん。凄く怖かった」

「そっか」と呟くと、佑美は花奈を自身から離してから、「私もだよ」と返した。佑美は優しく微笑みを浮かべる。花奈には、それがとても嬉しかった。

「もう大丈夫。一緒にここから逃げよう」
「どうやって……?」
「分かんないけどさ、でも、どうにかしないと」

少し困った顔も佑美らしくて、花奈はとても嬉しかった。孤独なのがどれほど辛かったのかがよく分かる。

「そうだね、どうにかしないと、ね?」

同じく、花奈も微笑んだ。その瞳は涙で赤くなっている。

本当に嬉しかったのだろう、何も知らない花奈はタブーを口にしてしまう。

「守ってもらわなきゃ」

佑美の眉がぴくりと動いて、表情が固まった。肩に担いだマシンガンを持ち直している。花奈は何か異様な雰囲気を察したらしいが、「?」マークを浮かべて、佑美を見ていた。

「なんで、私がお前を守らなきゃいけないの……」
「……え?」

佑美の目付きが鋭く花奈に突き刺さる。気付くと、花奈の手足は震えていた。

かちゃりとマシンガンが音を立てる。佑美が銃口を向けると、ニヤリと笑った。

「え、え? ちょっーー」

困惑した花奈が言葉を発するよりも前に、マシンガンの銃口は火を噴いた。パパパパパパと音が鳴る。

蜂の巣にされた花奈から赤い霧が舞う。それは、死ぬ直前に花奈の口から吐き出されたものだった。

舞った霧に太陽の光が乱反射してきらきらと輝く。その光は、孤独の花奈がようやく見つけた、希望だったのかもしれない。