外では雨が降っている。ああ、かったるい。
薄っぺらい紙ごときに一喜一憂できる人間はいたって幸せだ。私は蛍光のマーカーで下線を引かれた部分を見て溜息が止まらない。ううん、酷い。数学は欠点ギリギリだ。計算ミスが目立つ。英語はピリオド抜けで九十九、オーラルはスペルミス。見直しが基本的に嫌いなので、悔恨のミスばかりをしてしまう。ううん……情けない。
「薫、何点?」
美穂が不安げな表情を浮かべて近寄ってきた。おおかた、自分よりも低い点数の人間でも探しているのだろう。
「五百三十」
「何それ―ずるい!」
そう言ったかと思うと、美穂はすぐに方向を切り替えて勉強の出来ないクラスメイトの元に向かった。その子は勉強がからっきしできない。小テストでは、いつも下位をさまよっている。
雨音は更に加速して、窓の外いっぱいに水気を与えた。髪に付いていたワックスは溶けて、前髪がへにゃへにゃになっている。
「今日はテストの鬱憤を晴らすらしいで」
なかなかの好成績に満足げな彩は言った。
「どこで?」
「マルキュー」
「こんな雨なのに?」
「昼には晴れるらしいで」
「ふうん」
ただ、今見る限りでは一向に止む兆しが窺えない。多分マルキューで、美穂は服でも買うのだろうけれど、雨の中の買い物は憂鬱だ。ああ、どうか止んでくれ。
心の底から願ったから、彩の言ったとおり、朝の雨が嘘のように昼間の天気は安定していた。コンクリートに染み込んだ雨水が、雲の隙間から注ぐ日光に照らされて、どんどん乾いていった。蒸し暑さに眉を顰めたが、雨の中の買い物よりましだろう。
プリクラを撮った後、それをハサミで三人分に切り分けた。女子高生特有の、形の崩れた字で、カラフルに“仲良し”と書かれている。
その後はまさに美穂の独壇場だった。ビルの中の、名前の通ったブランドの店を、一つ一つ時間をかけて徘徊した。ブランドを買いたがる人間の意図は、私にはよくわからない。小さくロゴが入っているだけで、ただのシャツが数万円に変わるのだから。
私は美穂がぶらぶらしている間に、可愛いピアスを見つけたのでそれを買った。小さな球の中に、さらに小さな星のビーズが押し込められている。控えめなピアスは上品で可愛らしい、と私は思う。
一方で美穂はブランド物の高価なワンピースを買っていたけれども、美穂は私よりも背が低いので、それは似合わないと思った。だけど注意したりしない。本人が満足しているし、第一それに至る仲ではない。
ビルの外に出ると、夜はぐっと濃くなっていた。私たちは近くのファミリーレストランで簡単に食事を済ませた後、湿気で生暖かくなった夜の街をブラブラ歩いた。駅までの道にも、興味を引くお店はたくさんあって、その度に止まって店内を物色した。最後に、私は駅のすぐ近くの本屋に寄ってもらった。今日発売の音楽雑誌があるのだ。店内は傘を持った帰宅途中のサラリーマンでいっぱいだった。狭い店内で立ち読みをする迷惑なスーツ姿の人々の間を潜って、何とか音楽雑誌のコーナーにたどり着いた。最新雑誌はきちんと並べられていて、私は迷いなくそれを手に取った。
――そういえば、明後日に演奏会控えていたんだっけ。
血の気が引いていくのがわかった。額に汗が浮き始めた。今はまず演奏なんてしている状態ではないほど、バンドメンバーの仲は険悪だ。でも、このまま放って置くわけにはいかない。なんせその演奏会のために、今まで部活動に励んできたのだから。雑誌の会計を済ませた後、私はふらふらと外に出て、そして決意した。――明日は練習をする。そしてぐちゃぐちゃになったパズルのピースを、また一つ一つ穴に埋めていってやる。
三人に強引にメールを送りつけ、翌日の放課後は何とか四人全員が揃った。ただしみんなどこかぎこちない。普通に話をするのは香菜くらいなものだった。彼と由紀は、目も合わせないし口も動かさない。俯いたままじっと突っ立っていた。
「とりあえず、明日の演奏会は出ようよ。そのためにみんな頑張ったんだからさ」
「そうだよね、薫の言う通りだよ。頑張ることに意義があるんだから」
そう言って、強引に演奏のセッティングをさせた。不安定な調子で曲がたらたらと始まる。いつもめちゃくちゃな旋律だが、今日はいつも以上だった。息が全く合っていない。そして演奏に覇気がない。何もかも放棄してしまったような、自暴自棄さがだらしない。キーボードを踏む指が、何度も何度も縺れて転んだ。私がしっかりしなくては、と喝を入れてみるけれども、ちっともうまくいかなかった。ふらふらと商店の定まらない演奏が終わった後、彼も由紀も、さっさと片付け済ませて教室を出て行った。
「ちょっと、待ってよ二人とも」
香菜が思わず教室を飛び出して、由紀の後を追いかけた。私も少し躊躇った後、彼の背中を追いかけた。夕陽が開放された窓から差し込んで、廊下をオレンジ色に染めている。二人の影が、長く濃くなっていた。
「いい加減にしてよ」
私がそう言って彼の手を引っ張ると、彼は無抵抗で私の動かされるままになっていた。その無気力な彼を窺う限り、私が彼そのものを修復するのは可能なのだろうか、と自信さえ失われてしまった。ぼさぼさの髪の毛の中でくっきりと目立つ、金色のメッシュが夕陽に照らされて眩しい。
「演奏会、ずっと心待ちにしてたじゃん。いい加減に目を覚ましてよ」
「放っといてくれよ」
「何で……」
「成績不振。親に言われた。音楽辞めろって」
「……はあ?」
私は半ば怒りを含めてそう言うと、仕方ねえだろう、と強く言われて黙りこくった。
「だからもういいんだよ。明日は適当にやる」
「何が適当よ。あんた、まだ由紀にも香菜にも謝ってないくせに。逃げるの?」
「逃げたくはないんだけど」
そこから彼は言葉を濁して、再び背を向けた。なんなのよ、最低。その背にかけてやるはずだった罵詈雑言が、私の体の中に溶け込んでいった。今、彼に言う言葉はそんな言葉ではない。世界は眩しかった。私の中に漂っている暗闇を、よりいっそう暗く誇張するくらいに眩しかった。
薄っぺらい紙ごときに一喜一憂できる人間はいたって幸せだ。私は蛍光のマーカーで下線を引かれた部分を見て溜息が止まらない。ううん、酷い。数学は欠点ギリギリだ。計算ミスが目立つ。英語はピリオド抜けで九十九、オーラルはスペルミス。見直しが基本的に嫌いなので、悔恨のミスばかりをしてしまう。ううん……情けない。
「薫、何点?」
美穂が不安げな表情を浮かべて近寄ってきた。おおかた、自分よりも低い点数の人間でも探しているのだろう。
「五百三十」
「何それ―ずるい!」
そう言ったかと思うと、美穂はすぐに方向を切り替えて勉強の出来ないクラスメイトの元に向かった。その子は勉強がからっきしできない。小テストでは、いつも下位をさまよっている。
雨音は更に加速して、窓の外いっぱいに水気を与えた。髪に付いていたワックスは溶けて、前髪がへにゃへにゃになっている。
「今日はテストの鬱憤を晴らすらしいで」
なかなかの好成績に満足げな彩は言った。
「どこで?」
「マルキュー」
「こんな雨なのに?」
「昼には晴れるらしいで」
「ふうん」
ただ、今見る限りでは一向に止む兆しが窺えない。多分マルキューで、美穂は服でも買うのだろうけれど、雨の中の買い物は憂鬱だ。ああ、どうか止んでくれ。
心の底から願ったから、彩の言ったとおり、朝の雨が嘘のように昼間の天気は安定していた。コンクリートに染み込んだ雨水が、雲の隙間から注ぐ日光に照らされて、どんどん乾いていった。蒸し暑さに眉を顰めたが、雨の中の買い物よりましだろう。
プリクラを撮った後、それをハサミで三人分に切り分けた。女子高生特有の、形の崩れた字で、カラフルに“仲良し”と書かれている。
その後はまさに美穂の独壇場だった。ビルの中の、名前の通ったブランドの店を、一つ一つ時間をかけて徘徊した。ブランドを買いたがる人間の意図は、私にはよくわからない。小さくロゴが入っているだけで、ただのシャツが数万円に変わるのだから。
私は美穂がぶらぶらしている間に、可愛いピアスを見つけたのでそれを買った。小さな球の中に、さらに小さな星のビーズが押し込められている。控えめなピアスは上品で可愛らしい、と私は思う。
一方で美穂はブランド物の高価なワンピースを買っていたけれども、美穂は私よりも背が低いので、それは似合わないと思った。だけど注意したりしない。本人が満足しているし、第一それに至る仲ではない。
ビルの外に出ると、夜はぐっと濃くなっていた。私たちは近くのファミリーレストランで簡単に食事を済ませた後、湿気で生暖かくなった夜の街をブラブラ歩いた。駅までの道にも、興味を引くお店はたくさんあって、その度に止まって店内を物色した。最後に、私は駅のすぐ近くの本屋に寄ってもらった。今日発売の音楽雑誌があるのだ。店内は傘を持った帰宅途中のサラリーマンでいっぱいだった。狭い店内で立ち読みをする迷惑なスーツ姿の人々の間を潜って、何とか音楽雑誌のコーナーにたどり着いた。最新雑誌はきちんと並べられていて、私は迷いなくそれを手に取った。
――そういえば、明後日に演奏会控えていたんだっけ。
血の気が引いていくのがわかった。額に汗が浮き始めた。今はまず演奏なんてしている状態ではないほど、バンドメンバーの仲は険悪だ。でも、このまま放って置くわけにはいかない。なんせその演奏会のために、今まで部活動に励んできたのだから。雑誌の会計を済ませた後、私はふらふらと外に出て、そして決意した。――明日は練習をする。そしてぐちゃぐちゃになったパズルのピースを、また一つ一つ穴に埋めていってやる。
三人に強引にメールを送りつけ、翌日の放課後は何とか四人全員が揃った。ただしみんなどこかぎこちない。普通に話をするのは香菜くらいなものだった。彼と由紀は、目も合わせないし口も動かさない。俯いたままじっと突っ立っていた。
「とりあえず、明日の演奏会は出ようよ。そのためにみんな頑張ったんだからさ」
「そうだよね、薫の言う通りだよ。頑張ることに意義があるんだから」
そう言って、強引に演奏のセッティングをさせた。不安定な調子で曲がたらたらと始まる。いつもめちゃくちゃな旋律だが、今日はいつも以上だった。息が全く合っていない。そして演奏に覇気がない。何もかも放棄してしまったような、自暴自棄さがだらしない。キーボードを踏む指が、何度も何度も縺れて転んだ。私がしっかりしなくては、と喝を入れてみるけれども、ちっともうまくいかなかった。ふらふらと商店の定まらない演奏が終わった後、彼も由紀も、さっさと片付け済ませて教室を出て行った。
「ちょっと、待ってよ二人とも」
香菜が思わず教室を飛び出して、由紀の後を追いかけた。私も少し躊躇った後、彼の背中を追いかけた。夕陽が開放された窓から差し込んで、廊下をオレンジ色に染めている。二人の影が、長く濃くなっていた。
「いい加減にしてよ」
私がそう言って彼の手を引っ張ると、彼は無抵抗で私の動かされるままになっていた。その無気力な彼を窺う限り、私が彼そのものを修復するのは可能なのだろうか、と自信さえ失われてしまった。ぼさぼさの髪の毛の中でくっきりと目立つ、金色のメッシュが夕陽に照らされて眩しい。
「演奏会、ずっと心待ちにしてたじゃん。いい加減に目を覚ましてよ」
「放っといてくれよ」
「何で……」
「成績不振。親に言われた。音楽辞めろって」
「……はあ?」
私は半ば怒りを含めてそう言うと、仕方ねえだろう、と強く言われて黙りこくった。
「だからもういいんだよ。明日は適当にやる」
「何が適当よ。あんた、まだ由紀にも香菜にも謝ってないくせに。逃げるの?」
「逃げたくはないんだけど」
そこから彼は言葉を濁して、再び背を向けた。なんなのよ、最低。その背にかけてやるはずだった罵詈雑言が、私の体の中に溶け込んでいった。今、彼に言う言葉はそんな言葉ではない。世界は眩しかった。私の中に漂っている暗闇を、よりいっそう暗く誇張するくらいに眩しかった。