立ち上がったハイブリッド達に動き出す気配はなかった。吹き渡る風に揺れる草原の千草のように、彼等は立っている。

(コントロールされているの?)

一度に二十名近いハイブリッドをやり過ごすというのはさすがに厳しい。アニマがこの場を去る為の時間稼ぎだとすればどうということはないが。ひとまずハイブリッド達から殺気が感じられないのを確かめてから、敦子は胸を撫で下ろした。

「アニマ、何故逃げるの!」

どこからともなく感じる別の気配に向かって、叫ぶ。そしてアニマの声もまたどこからともなく、耳の奥ーー脳裏に響く。

『私は逃げはしない。お前が自分の存在が何なのかを知るまで、待つだけだ』

震えは無いが、気分がざわつく。あまりの不快さにかぶりを振り、敦子は反駁した。

「この期に及んでまだそんな事を!」

だがアニマの言葉は返ってこなかった。自分の発した声の余韻だけが静寂を散らす。

そして、その刹那。

居並ぶハイブリッドの中から殺気を感じ、敦子は直ぐさま飛び退いて、右手でシュナーベルを構えた。

(来る!)

見定めた方向。ハイブリッド達を薙ぎ倒し、その殺気が剥き出しになる。

「くーみん!?」

右手で振り下ろされた鈍い光を放つ久美の長剣をシュナーベルの峰で受け流しつつ、敦子は叫んだ。だが久美は無反応のまま、間髪を入れず次の挙動に移ろうとする。

(早い!)

右に流れた剣が滑らかに反転し、小振りに始動。
その動きに無駄はない。
知る限り、久美にそんな器用さはなかった。

だがアニマのコントロールによるものーー本来久美は長剣を使用しない事から予想できるーーだとすれば得心が行く。救いは相手がハイブリッドの中では非力な久美だということぐらいだろうか。更に速さを重視している分、必殺の一撃にはならない。とはいえ、冷静に対応できる距離でもなく、久美に振り切られる前に、敦子は彼女の長剣を左手で捕らえた。

「止めて!」

再び呼び掛けるが、久美に期待した反応は見られない。むしろ彼女の長剣には力が入る。咄嗟にその力を抑制しようと掴んでいた手に負けじと力を込めたが剣は手から擦り抜けていく。指先には長剣の表面から剥がれたNBM(ナノバイオマテリアル)のざらりとした触感だけが残った。

(次は、突き?)

上半身を捻り、右腕を引いた体勢を見て敦子は予測した。と、ほぼ同時に久美の突きが放たれる。

肩の位置と腕の角度で軌道を読んで敦子は寸前で屈んだ。久美の放った突きがイメージ通りの軌道で顔の真横を掠め、プロテクターの肩口を僅かにえぐった。そこで動きが止まる。

透かさずシュナーベルで肩口の長剣を跳ね上げ、がら空きになった久美の腹部ーープロテクターに守られていない脇腹ーーに拳を叩き込む。手応えはあった。普通に動くことすらままならないはずである。が、くるとからは呻きの一つも漏れなかった。聞こえたのは、雄叫びだけ。

「ああぁぁっ!!」

再び久美の右手が振り下ろされる。もちろんそれに対応するだけの余裕はあった。だが予想以上にーー初めの一撃よりもーーその一撃は重みがあった。長剣との衝突で甲高い金属音を響かせ、シュナーベルが弾き飛ばされる。久美の長剣の切っ先は、そのまま空気を裂いて目の前を過って行く。

「くっ!」

久美から漂う剥き出しの殺気に、胸の奥が疼き、その奥から吹き上がる風に全身の神経が逆立つ。その風を吹かせるのは、アニマの息吹。

だが久美は関係ない。傷付ける事などできるはずがない。アニマの思惑が予想通りなのだとすれば、なおさら。

(でも、どうすれば!?)

考えあぐねている最中も、久美の力攻めが続く。なんとかその全てを紙一重で躱すが、そう長く続けられそうもない。敦子は止むを得ず左手を長剣へと変えた。数回の打ち合いで久美の長剣を強く弾き返すが、勢いを止めるまでには至らない。

後方を見る余裕すらないまま後ずさる。

俄然久美の攻めは激しさを増した。小刻みに切っ先の軌道を変化させ、突きと薙ぎ、上下の切り込みを織り交ぜての猛攻。抜け出る事ができない。

と、不意に硬い物が背中を叩いた。

「ーーっ!」

思わず視線を流す。

(壁際にっ!)

視線を流したのは一瞬とはいえ、それはあまりに迂闊だった。急いで視線を戻すも、久美の長剣は雄叫びと共にすでに眼前にある。

ーー間に合わない。

その確信と諦めが心中に沸き上がった瞬間、視界は一面闇に閉ざされた。