擬似重力を生み出す為に軸を中心として回転を続けるネウロンのリングは五層構造になっており、その五層目が最奥部と呼ばれている。そのネウロンは今、第一層を地上へ向け、軌道エレベーターの柱頭部と軸を直線にして連結されていた。
ステーションからネウロンへ行く為のエレベーターは、予想通り安全装置が働き停止していたが、一台だけは何とか起動させる事に成功した。
セクション5。軌道エレベーターの先端部、連結ブロックへ到着したエレベーターから、久美は無重力空間へ体を滑らせた。ブロックの中心には円柱型のエレベーターがあり、それがネウロンの軸へ直結している。
「……静か過ぎる」
森閑とした空間はかえって不気味さを引き立てている。募る不安に思わず久美は呟いた。
「頼みのキメラが全滅したから、士気が低下したんじゃないのか?」
後から続いた警備隊の一人が言ってきた。
「まさか逃げたの?」
「それはないだろ。奴らの船はまだステーションに停泊しているし」
「やっぱり、突入するなら今かな?」
「ああ。キメラには遅れを取ったからな。俺達には汚名返上のいい機会だ」
「へへ~今度は頼むよ? ……あれ?」
「どうかしたのか?」
ふと気になった耳鳴りに、久美は違和感を覚えた。それはインターフェースジャマーによる影響であろう事は予想できたが、
「何かイライラするなぁこの耳鳴り。頭痛もしてきた」
「急ごう。OBIS(オヴィス)への干渉波も影響してるのかもしれない」
「そうだね。抵抗無いなら無いうちに」
加えて、もし抵抗があったとしても、相手が人間であれば対処は容易い。が、強腰な言動の反面、心中では半ば取り乱している自分もいた。
(ん~隊長、私大丈夫かなぁ)
依然続く耳鳴りーーいや、それは徐々に痛みに変わりつつあった。
「お粗末だなぁ」
ほんのりと冷たい床に仰向けのまま、薄暗いロビーの天井を眺めながら、麻友はぼやいた。
「なかなか引き際は難しいんだよ」
脇でNA剤の準備をしながら珠理奈が苦笑する。
「ま、相手があれじゃあね。あれ、ホントにOBIS(オヴィス)?」
「だと思うよ。でも、あたしがもう少し頑張れれば問題はなかったんだろうけど」
「そりゃお互い様だよ」
想定外のキメラに苦戦した事よりも、それだけのキメラが生み出された事実の方がより重い。
「これがあたしたちの宿命なんだろうけどね」
「クサイ台詞だね隊長さん」
「そう?」
珠理奈は携帯ケースからNA剤の容器を取り出し、使用量の目盛りを合わせていた。
NA剤とは、ハイブリッド専用のNBM緊急補充用薬剤の事で、NBMの有効稼働率を補助的に回復する為に使用される。その容器は直径約二センチ、長さは十センチ程の注射器のような形をしているがそれに特有の針は無い。代わりにハイブリッドの固有分子情報を読み取る小さなプラグが付いており、それによってある程度適合させながらNA剤を注入させる仕組みとなっている。
「よし、準備完了」
その必要は無いのだが、珠理奈は容器を軽く指で弾き、注射器を使用する際にはよくやる気泡を抜く仕種を見せた。
「頼むよ」
言いながら、麻友はわずかに動く左腕を珠理奈に差し出した。
プラグが腕に差し込まれると同時に、バイザー状ディスプレイが自動的に下がり、現在のNBM有効稼働率やNA剤との適合レベルなどが表示されていく。
「有効稼働率5%未満か……あたしも落ちぶれたもんだ」
「そう言わない。戦争の道具だったあの頃と今は違うよ」
「……“あたし達は”ね」
注入が終わると徐々に全身に感覚が戻り、右肩の傷の修復が始まる。しかしそれでもまだ、血流が滞って痺れた後のような体を動かすのは難儀だった。
「NA剤が馴染むまでは無理に動かない方がいいよ。とはいえ、ある程度回復してもさすがに戦闘は無理だろうけど」
と。言い終えた珠理奈はNA剤の容器を携帯ケースに入れようとしていた手を止め、突然上を向いた。
「どうかした?」
「……何か声が。いや、耳鳴りかな?」
珠理奈のその言葉に、ふと不安が過る。麻友はバイザー状ディスプレイの表示を切り替えた。
「……この、干渉波は」
「まだ」
珠理奈の制止を無視して軋む体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。目眩に似たふらつきはまだNA剤が馴染んでいないからだろう。走る事も辛いかもしれない。だが。
「まだ後少し、無理しなきゃまずいかも」
バイザーを上げながら頭上を見上げ、麻友は舌打ちした。
ステーションからネウロンへ行く為のエレベーターは、予想通り安全装置が働き停止していたが、一台だけは何とか起動させる事に成功した。
セクション5。軌道エレベーターの先端部、連結ブロックへ到着したエレベーターから、久美は無重力空間へ体を滑らせた。ブロックの中心には円柱型のエレベーターがあり、それがネウロンの軸へ直結している。
「……静か過ぎる」
森閑とした空間はかえって不気味さを引き立てている。募る不安に思わず久美は呟いた。
「頼みのキメラが全滅したから、士気が低下したんじゃないのか?」
後から続いた警備隊の一人が言ってきた。
「まさか逃げたの?」
「それはないだろ。奴らの船はまだステーションに停泊しているし」
「やっぱり、突入するなら今かな?」
「ああ。キメラには遅れを取ったからな。俺達には汚名返上のいい機会だ」
「へへ~今度は頼むよ? ……あれ?」
「どうかしたのか?」
ふと気になった耳鳴りに、久美は違和感を覚えた。それはインターフェースジャマーによる影響であろう事は予想できたが、
「何かイライラするなぁこの耳鳴り。頭痛もしてきた」
「急ごう。OBIS(オヴィス)への干渉波も影響してるのかもしれない」
「そうだね。抵抗無いなら無いうちに」
加えて、もし抵抗があったとしても、相手が人間であれば対処は容易い。が、強腰な言動の反面、心中では半ば取り乱している自分もいた。
(ん~隊長、私大丈夫かなぁ)
依然続く耳鳴りーーいや、それは徐々に痛みに変わりつつあった。
「お粗末だなぁ」
ほんのりと冷たい床に仰向けのまま、薄暗いロビーの天井を眺めながら、麻友はぼやいた。
「なかなか引き際は難しいんだよ」
脇でNA剤の準備をしながら珠理奈が苦笑する。
「ま、相手があれじゃあね。あれ、ホントにOBIS(オヴィス)?」
「だと思うよ。でも、あたしがもう少し頑張れれば問題はなかったんだろうけど」
「そりゃお互い様だよ」
想定外のキメラに苦戦した事よりも、それだけのキメラが生み出された事実の方がより重い。
「これがあたしたちの宿命なんだろうけどね」
「クサイ台詞だね隊長さん」
「そう?」
珠理奈は携帯ケースからNA剤の容器を取り出し、使用量の目盛りを合わせていた。
NA剤とは、ハイブリッド専用のNBM緊急補充用薬剤の事で、NBMの有効稼働率を補助的に回復する為に使用される。その容器は直径約二センチ、長さは十センチ程の注射器のような形をしているがそれに特有の針は無い。代わりにハイブリッドの固有分子情報を読み取る小さなプラグが付いており、それによってある程度適合させながらNA剤を注入させる仕組みとなっている。
「よし、準備完了」
その必要は無いのだが、珠理奈は容器を軽く指で弾き、注射器を使用する際にはよくやる気泡を抜く仕種を見せた。
「頼むよ」
言いながら、麻友はわずかに動く左腕を珠理奈に差し出した。
プラグが腕に差し込まれると同時に、バイザー状ディスプレイが自動的に下がり、現在のNBM有効稼働率やNA剤との適合レベルなどが表示されていく。
「有効稼働率5%未満か……あたしも落ちぶれたもんだ」
「そう言わない。戦争の道具だったあの頃と今は違うよ」
「……“あたし達は”ね」
注入が終わると徐々に全身に感覚が戻り、右肩の傷の修復が始まる。しかしそれでもまだ、血流が滞って痺れた後のような体を動かすのは難儀だった。
「NA剤が馴染むまでは無理に動かない方がいいよ。とはいえ、ある程度回復してもさすがに戦闘は無理だろうけど」
と。言い終えた珠理奈はNA剤の容器を携帯ケースに入れようとしていた手を止め、突然上を向いた。
「どうかした?」
「……何か声が。いや、耳鳴りかな?」
珠理奈のその言葉に、ふと不安が過る。麻友はバイザー状ディスプレイの表示を切り替えた。
「……この、干渉波は」
「まだ」
珠理奈の制止を無視して軋む体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。目眩に似たふらつきはまだNA剤が馴染んでいないからだろう。走る事も辛いかもしれない。だが。
「まだ後少し、無理しなきゃまずいかも」
バイザーを上げながら頭上を見上げ、麻友は舌打ちした。