珠理奈のNBMの有効稼働率はすでに10%を割っていた。普通であればキメラと戦う事さえ難しい状態であるにもかかわらず、OBISと戦っていた珠理奈の実力は改めて認めざるを得ない。彼女は直ぐさま久美と共に撤退し、別動隊へ合流しに向かった。
今、OBISと相対せるのは自分しかいない。
しかし、それは何等特別な事ではなく、キメラと戦う為に必要とされているのだから拒む理由も無い。むしろそれこそが己の生きる証であるとも言えるだろう。だが生まれて初めて、麻友は自分の境遇を呪った。それは、キメラがキメラを越えた瞬間。OBISと呼ばれる存在が生み出す未知の領域に、意識が飲み込まれていく恐怖感からだった。
ワイバーンはその翼を目一杯広げれば、ゲートフロアを覆い尽くす程だが、それをものともせずーー邪魔な物は破壊しながらーー飛び回る。STによって得られる最高速をもってしてもワイバーンの速度を上回れず、一瞬の油断が命取りになる状況だった。
「ちっ!」
鎌のように振り下ろされたワイバーンの尾を擦れ擦れで躱しながら麻友は舌打ちした。縦横無尽に動くワイバーンに隙は見当たらない。着地で粉々になったロビーのベンチを前足で吹き飛ばし、すぐに次の攻撃に流れていく。純粋に力と力の勝負ならば逃げる必要はない。だが、ワイバーンと力で対等に戦うのは不可能に近い。
麻友は飛び掛かって来るワイバーンにレールガンを向けた。狙いも半ばに引き金を引く。だがーー弾は、片翼で強引に軌道を変えたワイバーンの脇を無情にも掠めていった。予想外の行動を目の当たりにし、体が一瞬硬直する。油断ではないが、それは間違いなくワイバーンには隙に見えただろう。更に速度を上げ、突進して来る。
ワイバーンが吠えた。すでに避けるタイミングは奪われているだろう。絶望的な展開に、体の底から締め付けられるような恐怖が襲う。無駄な抵抗だと理解しつつも、まだ生きていたレールガンを撃った反動を何とか利用し、麻友は致命傷を避けるだけの距離を確保した。
刹那ーー大きく開いたワイバーンの口は、岩を砕くような音を響かせレールガンの大半を食いちぎった。破壊されたレールガンからは火花が散り、小さな爆発が起きる。
それは、唯一見付けた好機。
つまりは反撃の狼煙。
麻友は爆発と閃光に一瞬怯んだワイバーンの下顎を蹴り上げてから、右手の長剣を元に戻し、シュナーベルを引き抜いた。
すぐさまビーム刃の出力を最大まで上げ、喉元へ斬り付ける。
硬い皮膚に残ったのは浅い裂傷だったが、ワイバーンは仰け反るように立ち上がった。透かさず間合いを詰め、三度喉元目掛けて飛び蹴りを見舞う。後ろ脚と尾で踏ん張っていたワイバーンも耐え切れず仰向けに倒れ込む。さすがのOBISでも、その状態からすぐに反撃へ転じる事は容易ではないだろう。麻友は間髪入れず追撃を続けた。
しかし、考えは甘かった。
もはやこのOBISは“普通ではない”のだ。こちらの位置を目視できる状態ではないにもかかわらず、尾が精確に弧を描いて迫って来る。追撃を断ち切られ、麻友はやむなく飛び退いた。それでも執拗に狙って来る尾は、それ自体に別の意志があるかのように動く。結局間合いを詰められず、その間にワイバーンは起き上がっていた。
「くそっ」
一度は有利になりかけた状況も再び振り出しに戻された。いや、今のままでは不利になる可能性の方が高いだろう。そうならない為には、まだ背後を見せているワイバーンに攻撃を続けるしかない。
身震いを抑え、麻友は切り込んだ。迷いは許されない。限界まで達した速度は爽快感とは程遠く、体がバラバラに四散しそうな程に強引に動く。そして思考速度を上回る体に命令を出すには、常に先読みをしなければならない。それは勘に近いかもしれない。
変わらず精確に狙ってくる尾は、精確だからこそむしろ距離を読みやすい。
頑丈な鱗に覆われていても、末端の尾などにもなればその鱗の厚みも薄くなる。無数に重なり合う鱗の間を見極め、麻友は迫る尾にシュナーベルを振るった。重い手応えの後に、切断された尾が回転して落ちていく。そして、それは怒りか苦痛か、ワイバーンは立ち上がり、耳を突き破るような咆哮を発した。
立ち上がりほぼ垂直に近くなったワイバーンの背中を駆け上がる。斬り付けてもまず致命傷は与えられない背中は無視し、翼の付け根へとシュナーベルを振り上げた。深手ではないものの、血が糸を引き、翼の動きが鈍くなる。
がーー
それでも、巨大な翼は動くだけでハイブリッド一人を吹き飛ばすには十分過ぎる威力を保っていた。両翼が生み出すつむじ風に、揉まれる花びらのように体が宙を舞う。
「くっ!」
ワイバーンが反転し、攻撃態勢を取る。またもや、最悪のタイミング。そして今回はレールガンの恩恵は無い。
鋭く光るワイバーンの瞳が、体の自由を更に奪っていく。未来は一つではないが、限られた選択肢の中から必ず選ばれる結果がある。今はそれを待たざるをえないが、秒単位で奪われていくNBMの有効稼働率は三十%を切っていた。時間的な余裕すら残されていない。
ワイバーンの体が僅かに沈む。
(来る!)
次の瞬間。ワイバーンとの間合いは無いに等しくなった。
突っ込んで来るワイバーンの鼻面目掛け、薪を叩き割るようにシュナーベルを振り下ろす。ビーム刃が徐々に食い込んでいくが、それでも勢いが止まらない。逆に軽く首を上げただけで、シュナーベルはあっさり弾き返され、乗じて歯牙を剥き出してくる。麻友は透かさずシュナーベルを引き戻した。対峙するだけの間も無く、機を奪い合うだけの一瞬が過ぎる。互いの反応は同時。
「はあぁぁぁっ!」
襲い掛かる歯牙を迎え撃つべく、シュナーベルを振るう。
斬り下ろし、突き刺し、斬り上げ、薙
ぎーー続けざまに斬り散らす。
歯牙が数本折れ、鱗はひび割れ、皮膚は裂け、血が滲み、ワイバーンの顔はボロボロになっていく。増えていくワイバーンのダメージの量に反比例してシュナーベルの出力は少しずつ低下していたが、それでも手を止めるわけにはいかない。腕に負っていく傷も増えていくが、攻撃を止めれば、そこには死が待ち構えている。
思考にまともな労力を使えるような状態ではない以上、浅はかな知恵しか搾り出せないだろうが、それでも何か策があるはずだ。このワイバーンを倒す方法が。そして、いくつか導き出された方法から選別していく。
(一撃で仕留めるには、あれしかない)
選び抜かれた策がはたして最善の策かどうかーーそこまでは分からない。ただはっきりしているのは、しくじればワイバーンの腹を満たすという事だけ。
ビーム刃が生み出す残像の軌道から、タイミングを計る。途切れない残像が止まる時、それは紙一重で生死を分かつ。
その時は来た。
斬り下ろしたシュナーベルを左手に持ち替え、
『PTインストール。NBMスタビライズLV5にシフト』
トランスを変えた事により、速度は一気に落ちた。行動はより的確に迅速に。慣性も利用し、握り締めた右手をワイバーンの下顎へ叩き付ける。鈍い音が聞こえ、下顎がーー恐らく外れたのではなく折れただろうーーだらし無くぶら下がる。しかし同時に、上顎の犬歯はプロテクターごと右肩の肉をえぐっていった。
「ぐぅっ!」
激痛に惑わされず、左手は動いた。上顎にシュナーベルを下から突き刺し、体を口腔に割り込ませる。痛みに感覚を奪われた右手を何とか突き出し、麻友は右手に意識を集中した。
『TT(サンダートランス)インストール。NBM/組織変成制限(TML)解除。スタビライズLV5にシフト』
稲妻を纏い、長剣へ変わっていく定形。現時点で可能な限りの力を注ぎ込んでいく。
渾身の剣はワイバーンの体内を刺し通した。一気にケリをつけるべく、その長剣を四方八方に展開。内部から稲妻と共に串刺しにする。
奥底から沸き上がるような掠れた咆哮が、断末魔となって響き渡る。のた打ち、顔を振り回して壁に打ち付けたワイバーンだったが、抵抗もそこまでだった。吐き出されていく息に生気は無く、ただ流れるだけの血生臭い空気でしかなかった。力無く、巨体がくずおれていく。
麻友は慌てて右手から長剣を分離させ、ワイバーンから飛び退いた。しかし、それ以上動く体力すら残っていなかった体は、為す術無く落ちていく。受け身も取れず床に激突。どこまでも転がっていくのではないかと思える程転がり続け、やがて、小さな観葉植物の植木鉢に顔からぶつかり、天地が逆転した状態でようやく体は止まった。
「……いや、息苦しいんだけど」
思わずぼやく。何とか重心をずらし、首が折れそうな体勢から体を倒す。運よく仰向けになり、麻友は口元を緩めた。
「はは、は。よく頑張ったなぁ……あたし」
疲労感にどっぷり浸かった意識は溺れるように沈んでいく。麻友は重たくなった瞼を素直に閉じた。
今、OBISと相対せるのは自分しかいない。
しかし、それは何等特別な事ではなく、キメラと戦う為に必要とされているのだから拒む理由も無い。むしろそれこそが己の生きる証であるとも言えるだろう。だが生まれて初めて、麻友は自分の境遇を呪った。それは、キメラがキメラを越えた瞬間。OBISと呼ばれる存在が生み出す未知の領域に、意識が飲み込まれていく恐怖感からだった。
ワイバーンはその翼を目一杯広げれば、ゲートフロアを覆い尽くす程だが、それをものともせずーー邪魔な物は破壊しながらーー飛び回る。STによって得られる最高速をもってしてもワイバーンの速度を上回れず、一瞬の油断が命取りになる状況だった。
「ちっ!」
鎌のように振り下ろされたワイバーンの尾を擦れ擦れで躱しながら麻友は舌打ちした。縦横無尽に動くワイバーンに隙は見当たらない。着地で粉々になったロビーのベンチを前足で吹き飛ばし、すぐに次の攻撃に流れていく。純粋に力と力の勝負ならば逃げる必要はない。だが、ワイバーンと力で対等に戦うのは不可能に近い。
麻友は飛び掛かって来るワイバーンにレールガンを向けた。狙いも半ばに引き金を引く。だがーー弾は、片翼で強引に軌道を変えたワイバーンの脇を無情にも掠めていった。予想外の行動を目の当たりにし、体が一瞬硬直する。油断ではないが、それは間違いなくワイバーンには隙に見えただろう。更に速度を上げ、突進して来る。
ワイバーンが吠えた。すでに避けるタイミングは奪われているだろう。絶望的な展開に、体の底から締め付けられるような恐怖が襲う。無駄な抵抗だと理解しつつも、まだ生きていたレールガンを撃った反動を何とか利用し、麻友は致命傷を避けるだけの距離を確保した。
刹那ーー大きく開いたワイバーンの口は、岩を砕くような音を響かせレールガンの大半を食いちぎった。破壊されたレールガンからは火花が散り、小さな爆発が起きる。
それは、唯一見付けた好機。
つまりは反撃の狼煙。
麻友は爆発と閃光に一瞬怯んだワイバーンの下顎を蹴り上げてから、右手の長剣を元に戻し、シュナーベルを引き抜いた。
すぐさまビーム刃の出力を最大まで上げ、喉元へ斬り付ける。
硬い皮膚に残ったのは浅い裂傷だったが、ワイバーンは仰け反るように立ち上がった。透かさず間合いを詰め、三度喉元目掛けて飛び蹴りを見舞う。後ろ脚と尾で踏ん張っていたワイバーンも耐え切れず仰向けに倒れ込む。さすがのOBISでも、その状態からすぐに反撃へ転じる事は容易ではないだろう。麻友は間髪入れず追撃を続けた。
しかし、考えは甘かった。
もはやこのOBISは“普通ではない”のだ。こちらの位置を目視できる状態ではないにもかかわらず、尾が精確に弧を描いて迫って来る。追撃を断ち切られ、麻友はやむなく飛び退いた。それでも執拗に狙って来る尾は、それ自体に別の意志があるかのように動く。結局間合いを詰められず、その間にワイバーンは起き上がっていた。
「くそっ」
一度は有利になりかけた状況も再び振り出しに戻された。いや、今のままでは不利になる可能性の方が高いだろう。そうならない為には、まだ背後を見せているワイバーンに攻撃を続けるしかない。
身震いを抑え、麻友は切り込んだ。迷いは許されない。限界まで達した速度は爽快感とは程遠く、体がバラバラに四散しそうな程に強引に動く。そして思考速度を上回る体に命令を出すには、常に先読みをしなければならない。それは勘に近いかもしれない。
変わらず精確に狙ってくる尾は、精確だからこそむしろ距離を読みやすい。
頑丈な鱗に覆われていても、末端の尾などにもなればその鱗の厚みも薄くなる。無数に重なり合う鱗の間を見極め、麻友は迫る尾にシュナーベルを振るった。重い手応えの後に、切断された尾が回転して落ちていく。そして、それは怒りか苦痛か、ワイバーンは立ち上がり、耳を突き破るような咆哮を発した。
立ち上がりほぼ垂直に近くなったワイバーンの背中を駆け上がる。斬り付けてもまず致命傷は与えられない背中は無視し、翼の付け根へとシュナーベルを振り上げた。深手ではないものの、血が糸を引き、翼の動きが鈍くなる。
がーー
それでも、巨大な翼は動くだけでハイブリッド一人を吹き飛ばすには十分過ぎる威力を保っていた。両翼が生み出すつむじ風に、揉まれる花びらのように体が宙を舞う。
「くっ!」
ワイバーンが反転し、攻撃態勢を取る。またもや、最悪のタイミング。そして今回はレールガンの恩恵は無い。
鋭く光るワイバーンの瞳が、体の自由を更に奪っていく。未来は一つではないが、限られた選択肢の中から必ず選ばれる結果がある。今はそれを待たざるをえないが、秒単位で奪われていくNBMの有効稼働率は三十%を切っていた。時間的な余裕すら残されていない。
ワイバーンの体が僅かに沈む。
(来る!)
次の瞬間。ワイバーンとの間合いは無いに等しくなった。
突っ込んで来るワイバーンの鼻面目掛け、薪を叩き割るようにシュナーベルを振り下ろす。ビーム刃が徐々に食い込んでいくが、それでも勢いが止まらない。逆に軽く首を上げただけで、シュナーベルはあっさり弾き返され、乗じて歯牙を剥き出してくる。麻友は透かさずシュナーベルを引き戻した。対峙するだけの間も無く、機を奪い合うだけの一瞬が過ぎる。互いの反応は同時。
「はあぁぁぁっ!」
襲い掛かる歯牙を迎え撃つべく、シュナーベルを振るう。
斬り下ろし、突き刺し、斬り上げ、薙
ぎーー続けざまに斬り散らす。
歯牙が数本折れ、鱗はひび割れ、皮膚は裂け、血が滲み、ワイバーンの顔はボロボロになっていく。増えていくワイバーンのダメージの量に反比例してシュナーベルの出力は少しずつ低下していたが、それでも手を止めるわけにはいかない。腕に負っていく傷も増えていくが、攻撃を止めれば、そこには死が待ち構えている。
思考にまともな労力を使えるような状態ではない以上、浅はかな知恵しか搾り出せないだろうが、それでも何か策があるはずだ。このワイバーンを倒す方法が。そして、いくつか導き出された方法から選別していく。
(一撃で仕留めるには、あれしかない)
選び抜かれた策がはたして最善の策かどうかーーそこまでは分からない。ただはっきりしているのは、しくじればワイバーンの腹を満たすという事だけ。
ビーム刃が生み出す残像の軌道から、タイミングを計る。途切れない残像が止まる時、それは紙一重で生死を分かつ。
その時は来た。
斬り下ろしたシュナーベルを左手に持ち替え、
『PTインストール。NBMスタビライズLV5にシフト』
トランスを変えた事により、速度は一気に落ちた。行動はより的確に迅速に。慣性も利用し、握り締めた右手をワイバーンの下顎へ叩き付ける。鈍い音が聞こえ、下顎がーー恐らく外れたのではなく折れただろうーーだらし無くぶら下がる。しかし同時に、上顎の犬歯はプロテクターごと右肩の肉をえぐっていった。
「ぐぅっ!」
激痛に惑わされず、左手は動いた。上顎にシュナーベルを下から突き刺し、体を口腔に割り込ませる。痛みに感覚を奪われた右手を何とか突き出し、麻友は右手に意識を集中した。
『TT(サンダートランス)インストール。NBM/組織変成制限(TML)解除。スタビライズLV5にシフト』
稲妻を纏い、長剣へ変わっていく定形。現時点で可能な限りの力を注ぎ込んでいく。
渾身の剣はワイバーンの体内を刺し通した。一気にケリをつけるべく、その長剣を四方八方に展開。内部から稲妻と共に串刺しにする。
奥底から沸き上がるような掠れた咆哮が、断末魔となって響き渡る。のた打ち、顔を振り回して壁に打ち付けたワイバーンだったが、抵抗もそこまでだった。吐き出されていく息に生気は無く、ただ流れるだけの血生臭い空気でしかなかった。力無く、巨体がくずおれていく。
麻友は慌てて右手から長剣を分離させ、ワイバーンから飛び退いた。しかし、それ以上動く体力すら残っていなかった体は、為す術無く落ちていく。受け身も取れず床に激突。どこまでも転がっていくのではないかと思える程転がり続け、やがて、小さな観葉植物の植木鉢に顔からぶつかり、天地が逆転した状態でようやく体は止まった。
「……いや、息苦しいんだけど」
思わずぼやく。何とか重心をずらし、首が折れそうな体勢から体を倒す。運よく仰向けになり、麻友は口元を緩めた。
「はは、は。よく頑張ったなぁ……あたし」
疲労感にどっぷり浸かった意識は溺れるように沈んでいく。麻友は重たくなった瞼を素直に閉じた。