校長の話は、酷く退屈なモノだった。

校長の口から話されたことは、マスコミが報じていたこととほとんど同じだった。尤も誰が犯人かも判らないような状況で、いくら同じ学校に通っていた生徒やクラスメイトにも捜査当局がマスコミにも公表していない捜査情報を学校に教えるわけがないのだ。実のところ、校長も詳しく警察から経緯を知らされていないのかも知れない。口ぶりから勝手に麻友はそう推測していた。

緊急集会の本当の目的は『学校として生徒の心のケアには全力を尽くします』とアピールすることだったのだろう。事実、ローカルニュースでは学校側が市の教育委員会にカウンセラーの派遣を要請したと報道されていたし、今回の緊急集会でも重ねて校長は、まるで集まった生徒や保護者に刷り込むように『生徒の心のケアには全力を尽くします』とか『相談事があるならすぐに担任でもいいので申し出てください』と言う台詞を繰り返していた。

(絵が入りません。どうしたらいいですか?)

なんて、派遣されてきたカウンセラーに相談したら、カウンセリングルームから無条件で追い出されるだろうか。ヤケクソ気味に麻友は思う。

(――笑ってる場合じゃないんだけどさ)

仕方がない。

こうなってしまえば後日また改めて、だ。

多少納得いかないけれど、麻友は自己完結を試みた。

そして引っ張り出した絵をまた悪戯されないように美術室の奥まった所に隠し、

「あ、渡辺?」

美術室に施錠してさっさと帰ろうとしていた麻友の前に、篠田麻里子が立っていた。




篠田麻里子は美術部顧問である。

「スランプなんでしょ?」
「スランプ?」
「そ。スランプのない芸術家なんてモグリよ。彼の有名なゴッホだってモネだってみんな強大なスランプと闘ってきたんだから。先人もしっかりと通るべき、これは試練なの」
「ホント?」
「さあ?」
「……」

何となく、だ。

何となくだったが、絵を運びだそうとしてました、と言うのは躊躇われた。理由はてんで判らない。本能的とでも言うべきか、心を許してはいけないような気さえしたのだ。なので適当に『絵を仕上げようとしたんですけど、上手くいかなくて……』と誤魔化すことにした。と言うか、気が付いたときにはもう自分は言い訳しようとしていたからびっくりだ。

「とにかく、よ。スランプで悩む事なんて無いの。渡辺はコンクールに出さないんだから、ゆっくり描いたって別に締め切りとかないわけだし。極端な話、辛かったらいつでも何処でも直ぐに止められますよって。それにあたしだって合ったんだからね、スランプ」
「センセ、美術部だったんですか?」
「あれ、言ってなかったっけ?」

まあどうでもいいけれど、と言いつつ、麻里子は左手で白チョークを握ると『元祖! 美術部』とレタリングしていった。黒板の文字は意味不明も良いところだけれども、本当は知って欲しかったのかも知れない。

「私は初耳」
「あ~、そーだっけ」

豪快な笑みを浮かべ、

「一応、これでも中高と美術部だったのよ」

さらさらと行書体に飾られていく『元祖! 美術部』。普通に上手い。彼女はデザイン系が得意分野だったかもしれない。

「へ~。ちょっと意外だな」
「それ失礼よ。こう見えてもね、人物画は上手だったんだから」

自慢する麻里子。正直麻友にはどうでもいい話だったから流していたんだけれども、

「特に、渡辺みたいな絵いっぱい描いたよ」
「風景画ですか?」
「いやいや。恋する乙女の肖像画」

目が、点になった。

「で、渡辺。愛しの彼とは上手くやってんの?」

身を乗り出してまで訊く麻里子は、簡単に爆弾を投下したのである。