ジリジリと耳障りな目覚まし時計の音が部屋いっぱいに響き渡った。

(朝、か)

麻友は目覚ましの音に顔を引きつらせながら、手探りで枕元の目覚まし時計を発見し、目覚まし時計の上部を叩く。

(あ~、これは『最初』だった)

音が止んでホッと一息付いている場合ではない。麻友はむっくり身を起こすと、唐突に身体の節々や筋肉がズキズキと痛み出した。

(ん~)

原因は簡単に思い浮かぶ。
昨晩肉体を酷使したことと、あの峰打ちだ。原因はそれしかない。

(まだ、身体が慣れてないのか……)

呆然と麻友は思う。少女曰く、身体が徐々に適応して長時間あの異常な運動量でも全く問題なくなるというが、まだその兆候は見られない。麻友はあの少女をいまいち信用できないから尚更である。

部屋中至る所にセットしてある目覚まし時計を切っていく。一度『彼女ら』が動き出せば、近所迷惑の何物でもない轟音が覆い尽くしてしまう。やっぱり、騒音問題でご近所さんたちから村八分にされるのはなかなかご勘弁願いたいモノなのだ。

「はあああ~~~~~~」

欠伸を一つ。

重たい身体を引きずる様にして、麻友はクローゼットに向かった。





学校に行くつもりはなかった。

「ねぇ、麻友ちゃん」

麻友が作った朝食セット(純和風)を突きながら、少女が言う。

いつからか、この『追捕使』の少女と寝食を共にすることになれてしまった。一族の仇であるにも拘わらず、だ。ちなみに少女は麻友という『異常因子』を見つけた時点で、居候するつもりだったらしい。

そもそも『追捕使』という存在は社会から、万物を統制しているアカシックレコードからも完全に外れた究極のアウトローだ。この世界に一片の居場所もないから、定住はせずに『異常因子』を求めて世界中を放浪しているらしい。だから宿探しも酷く力尽くな手法を取るそうだ。この少女の話によると、まず『異常因子』を発見し、殺す。そしてその『異常因子』の家を乗っ取り、次の『異常因子』発見までその家を拠点に待機する、という手段を取っているらしい。明らかに犯罪行為で、警察に検挙されそうなものだが、どうやらその辺にもいろいろカラクリがありそうである。

「麻友ちゃん、聞いてる?」
「……何?」
「今夜ちょっと面白そうなこと起こるんだけど、早く家に帰ってきてくれる?」

やけに自信たっぷりに言うなと麻友は思う。もしかしたらアカシックレコードでも覗いたのかも知れない。アカシックレコードの歪みを修整することが存在意義である『追捕使』ならそんなことは造作もない――のかどうかは知らないが、麻友はそんな推測を立てる。

「面白そうなことって何?」
「面白いからさ、絶対損はさせないよ」

うさんくさい。
だが、麻友に拒否権はない。

「――わかった」
「あれ、学校は?」
「行かない」
「風邪?」

驚いたように麻友を凝視し始めた少女に対し、麻友は少女に視線を向けずにそのまま、

「不登校よ」

理由は現実を見たくないから、宮崎美穂に今まで通り接する自信がないから。

「ふ~ん」

さして興味なさそうな、生返事が帰ってきた。

(自分から聞いといて。何か、腹立つ……)

しばらく暴れてしまいたい衝動に駆られるけれど、麻友は何とか押さえ、みそ汁を啜る。

「ねぇ、麻友ちゃん」

呼ばれて麻友は、みそ汁を啜りながら視線を少女に合わせた。

「今夜は晴れだけど寒いって」

何だか楽しそうに少女はテレビの天気予報を見ていた。

一週間くらい前だっただろうか、少女によってばっさり斬り捨てられたテレビは意外なことに彼女によって弁償された。それも前のようなブラウン管テレビじゃなくて、五十インチもの最新式ワンセグ対応のプラズマテレビ。恐らく定価数十万円するだろうこのテレビを少女が最初に持ってきたときは本当に驚いた。一体全体何処にそんな金を持っているのかさっぱりだったし、この少女のことだからもしかしたら何処かで強奪してきた盗品なのかもしれない。当初は何だか薄気味悪くて使うのに躊躇われたが、今は使わなければ損、という考えが先行してしまっている。そんなわけで今では逆に無下に少女を追及することは躊躇われている有り様だった。

(まあ、うん。テレビなんて買えなかったし……)

渡辺家には残念ながら貯金がない。
それは渡辺家の台所事情は借金塗れの火の車だから当たり前と言えば当たり前だったが、しかし事態はそんなに『借金どうしようかな』と呑気に考えているほど余裕はなかった。何せ生活費がないのだ。テレビどころか食べていけなくなる。光熱費だって危うい。一時期はどうせ一人暮らしみたいなものだから学校が終わってからバイトでもすれば生活費ぐらい何とかなるだろうと楽観視していたのだが、毎晩の『レッスン』がそれを木っ端微塵に打ち砕いた。想像以上に『レッスン』はハードだった。なので学業、バイト『レッスン』を並行するプランは現実味に欠けた。

そんなどうしようもない現実から救ってくれたのは、他ならぬこの少女だ。

今、麻友が金銭問題を気にせずに日常生活を支障なく生活を送れているのは、この少女が援助があるからこそである。仇である人間に養ってもらっているのは何だか釈然としないが、こればかりは仕方なかった。

(どこからそんな金が……)

ふと、疑問が湧く。
少女を見遣れば、焼き魚に夢中になっている。

(はあ)

世の中、判らないことだらけだ。
強引にそう結論づけて、麻友はみそ汁を啜る。