昼下がりの屋上で、麻友は一人反芻するように呟く。
「両親を含めた一族全員が娘を残して蒸発か……」
この事実は予想以上にハードパンチだったらしい。
麻友が教室に入るとクラスの雰囲気がおかしくなる。何というか、同情のような、嘲りのような、とにかく腫れ物扱いなのだ。
勿論、教師陣もである。
見知った先生と廊下で擦れ違えば、元気出せ、とか、相談に乗るからいつでも来なさい、とか安っぽい言葉をかけてくるし、面識がない教師だとあからさまに視線を逸らされたりする。
(授業中当てられる回数が格段に減ったっていうプラスもあるけど……)
麻友がアカシックレコードに記されていない、処分の対象である『異常因子』であること、そして助かる方法を知って、その方法を選択し、一族が『追捕使』の少女に皆殺しにされて、もう五日が経った。
もういい加減この状況に慣れてしまっていた。
実感はないが、世界がアカシックレコードという名の脚本通りに進んでいることを知り。
自分がアカシックレコードに記されていない者、処分される立場である『異常因子』と言うことを知り。
そんな『異常因子』を処分する『追捕使』の存在を知り。
そして『異常因子(ワタナベマユ)』でありながら処分を免れる選択肢を提示されて。
その選択肢を選んだ途端に両親を初めとした一族が皆殺しにされて。
借金苦で渡辺麻友(むすめ)一人残して一族全員が蒸発したという風説を散布されて。
自らは『紫衣』という異端な能力を手にし、毎晩自在に操るためにレッスンを受けて。
そんな『異常』な世界に、慣れてしまった。
存外人間の適応能力は素晴らしいようだ。
慣れてしまえば次第に何ともなくなってくる。感覚が麻痺しているとも言うのだろうか。少し違うかも知れないが、連続殺人犯が次第に人を殺すことに罪の意識が薄れていくような、そんな感じかも知れない。それは麻友とって少し怖いことだったが、周囲が麻友に向ける同情と奇異の眼差しにも平然としていられるようになった。今では本人以上に周囲が狼狽えているのかもしれない。
遠くで五時間目の始まりを知らせるチャイムが鳴っている。
両親が『蒸発』して以来、麻友は変わった。
以前だったら昼食は教室でそれなりに仲の良い友達と取っていたが、あれ以来、妙に居心地が良くなってしまった屋上にて一人で取るようになったし(『慣れ』と『我慢』は違うのである)麻友は良く授業をサボるようになっていた。
このまま渡辺麻友は『紫衣』の扱いを学び、そしてゆくゆくは『追捕使』になるのだろう。それが麻友の未来だ。道は決まってしまっているのだ。いくら天才であろうと大馬鹿者であろうと関係ない。大学受験も将来目指す職業や夢なんて意味もない。勉強する意義を見出せない。逆に勉強してどうなるのか、そう問い糾したいぐらいだ。
以上が麻友が授業をサボる理由である。そもそも麻友の未来は一本しかないのだから。
だが。
みすみすそんな線路を大人しく歩いていく気は毛頭無かった。
麻友は『追捕使』になる気はない。
少女の元で『紫衣』の扱いを学んでいるのは他でもない、あの少女を殺すためだ。
あの『追捕使(ばけもの)』に勝つためには『紫衣(ばけもの)』を飼い慣らすことが一番。そう麻友は思い知った。
殺す。
少女を殺す。
現在の至上命題だ。
それが果たせれば後のことはどうでもいい。
極論を言ってしまえば、退学になったって構わない。
退学になって今まで勉学に当てていた時間を全て『紫衣』を上手く扱うための訓練に当てられる。その方がずっと良いし、効率的だ。
何にせよ、もう後戻りできない。
家族が殺された今、麻友の頭は少女への復讐でいっぱいだ。
どうやってあの少女に復讐するのか。
どんな方法が一番効果的か。
どんな方法をとればあの少女を絶望に墜とせるか。
気が付いたらそんなことばかり考えている。
暇な時間があればそんなことばかり考えている。
だから、復讐さえ出来ればいい。
復讐を遂げれば、とりあえずやることはなくなる。
家族の仇が取れれば、別にどうなったって構わない。別に死んだって良い。寧ろ、自殺したら『向こう』で家族みんな幸せに暮らせるかも知れない。
力を、付けるのだ。
早くあの少女のような力を身に付け、家族の仇を討つ。
家族は、麻友の利己心によって殺されたのだ。
麻友が生きたい、そう願ったから家族は殺された。
殺されなくて良かった家族が、犠牲になった。
そんな家族に申し訳が立たない。
犠牲になった両親を初めとした一族全員の命に申し訳がない。
何のためにこの道を選択したのか、何のために家族全員が犠牲になったのか、それを考えれば麻友には一刻の猶予もない。
(――殺す)
あの少女を、殺す。
殺さなければならない。それは義務だ。
絶対に、血祭りに上げる。
一族全員の仇をこの手で、掴む。
心で渦巻き続けているこの怒りを、悲しみを、憎悪を、全てぶつけてやる。
「ころす」
声が漏れる。
「ぜったいに」
誓う。
「わたしは」
誓う。
堅く、厳しく。
「両親を含めた一族全員が娘を残して蒸発か……」
この事実は予想以上にハードパンチだったらしい。
麻友が教室に入るとクラスの雰囲気がおかしくなる。何というか、同情のような、嘲りのような、とにかく腫れ物扱いなのだ。
勿論、教師陣もである。
見知った先生と廊下で擦れ違えば、元気出せ、とか、相談に乗るからいつでも来なさい、とか安っぽい言葉をかけてくるし、面識がない教師だとあからさまに視線を逸らされたりする。
(授業中当てられる回数が格段に減ったっていうプラスもあるけど……)
麻友がアカシックレコードに記されていない、処分の対象である『異常因子』であること、そして助かる方法を知って、その方法を選択し、一族が『追捕使』の少女に皆殺しにされて、もう五日が経った。
もういい加減この状況に慣れてしまっていた。
実感はないが、世界がアカシックレコードという名の脚本通りに進んでいることを知り。
自分がアカシックレコードに記されていない者、処分される立場である『異常因子』と言うことを知り。
そんな『異常因子』を処分する『追捕使』の存在を知り。
そして『異常因子(ワタナベマユ)』でありながら処分を免れる選択肢を提示されて。
その選択肢を選んだ途端に両親を初めとした一族が皆殺しにされて。
借金苦で渡辺麻友(むすめ)一人残して一族全員が蒸発したという風説を散布されて。
自らは『紫衣』という異端な能力を手にし、毎晩自在に操るためにレッスンを受けて。
そんな『異常』な世界に、慣れてしまった。
存外人間の適応能力は素晴らしいようだ。
慣れてしまえば次第に何ともなくなってくる。感覚が麻痺しているとも言うのだろうか。少し違うかも知れないが、連続殺人犯が次第に人を殺すことに罪の意識が薄れていくような、そんな感じかも知れない。それは麻友とって少し怖いことだったが、周囲が麻友に向ける同情と奇異の眼差しにも平然としていられるようになった。今では本人以上に周囲が狼狽えているのかもしれない。
遠くで五時間目の始まりを知らせるチャイムが鳴っている。
両親が『蒸発』して以来、麻友は変わった。
以前だったら昼食は教室でそれなりに仲の良い友達と取っていたが、あれ以来、妙に居心地が良くなってしまった屋上にて一人で取るようになったし(『慣れ』と『我慢』は違うのである)麻友は良く授業をサボるようになっていた。
このまま渡辺麻友は『紫衣』の扱いを学び、そしてゆくゆくは『追捕使』になるのだろう。それが麻友の未来だ。道は決まってしまっているのだ。いくら天才であろうと大馬鹿者であろうと関係ない。大学受験も将来目指す職業や夢なんて意味もない。勉強する意義を見出せない。逆に勉強してどうなるのか、そう問い糾したいぐらいだ。
以上が麻友が授業をサボる理由である。そもそも麻友の未来は一本しかないのだから。
だが。
みすみすそんな線路を大人しく歩いていく気は毛頭無かった。
麻友は『追捕使』になる気はない。
少女の元で『紫衣』の扱いを学んでいるのは他でもない、あの少女を殺すためだ。
あの『追捕使(ばけもの)』に勝つためには『紫衣(ばけもの)』を飼い慣らすことが一番。そう麻友は思い知った。
殺す。
少女を殺す。
現在の至上命題だ。
それが果たせれば後のことはどうでもいい。
極論を言ってしまえば、退学になったって構わない。
退学になって今まで勉学に当てていた時間を全て『紫衣』を上手く扱うための訓練に当てられる。その方がずっと良いし、効率的だ。
何にせよ、もう後戻りできない。
家族が殺された今、麻友の頭は少女への復讐でいっぱいだ。
どうやってあの少女に復讐するのか。
どんな方法が一番効果的か。
どんな方法をとればあの少女を絶望に墜とせるか。
気が付いたらそんなことばかり考えている。
暇な時間があればそんなことばかり考えている。
だから、復讐さえ出来ればいい。
復讐を遂げれば、とりあえずやることはなくなる。
家族の仇が取れれば、別にどうなったって構わない。別に死んだって良い。寧ろ、自殺したら『向こう』で家族みんな幸せに暮らせるかも知れない。
力を、付けるのだ。
早くあの少女のような力を身に付け、家族の仇を討つ。
家族は、麻友の利己心によって殺されたのだ。
麻友が生きたい、そう願ったから家族は殺された。
殺されなくて良かった家族が、犠牲になった。
そんな家族に申し訳が立たない。
犠牲になった両親を初めとした一族全員の命に申し訳がない。
何のためにこの道を選択したのか、何のために家族全員が犠牲になったのか、それを考えれば麻友には一刻の猶予もない。
(――殺す)
あの少女を、殺す。
殺さなければならない。それは義務だ。
絶対に、血祭りに上げる。
一族全員の仇をこの手で、掴む。
心で渦巻き続けているこの怒りを、悲しみを、憎悪を、全てぶつけてやる。
「ころす」
声が漏れる。
「ぜったいに」
誓う。
「わたしは」
誓う。
堅く、厳しく。