ドサ。

持ち上げていた土嚢を落としたような、それはそれは呆気ない音だった。

そんな音を、麻友は、荒れ放題のリビングの片隅で仰向けになって聞いていた。

――否、聞かされていた。

もう、死臭が鼻につくこともない。

屍となって転がっている母親に気分を害することもない。

麻友は、手を伸ばす。

身体が激痛に悲鳴を上げた。

けれど構わず、麻友は懸命に手を伸ばして。

トルコ絨毯からはみ出して、フローリングの床にまで広がっていた血に触れる。

パリッと。

血溜まりが、割れた。

血液の凝固時間は約一五分程度。そんなことを聞いたことがある。

(お、かあ……さ―――)

麻友は負けた。

武器のリーチとか、関係無しに麻友は負けた。

麻友が繰り出した一手は、悉く読まれ、躱され、素手で受け止められ。終始弄ばれ、そして父が帰宅した瞬間にご丁寧に峰打ち。

「気分はどう?」

少女がリビングに入ってきた。

そしておもむろに懐から紙を取り出すと、鮮血が滴る刀身を取り出した紙で拭う。

「これで予習は完了だね」

血糊が払われて、すっかり銀の輝きを取り戻した刀を鞘に収め、少女は黒のソファーに座った。

本来、そこは母が座るポジションだった。

その証拠に、母が愛用していたクッションがある。

屈辱的だった。

「そろそろ『業者さん』来るから」
「――業者、さん?」
「死体処理専門の業者さん。裏社会のね。昔は切り刻んで海にでも捨てちゃえば良かったし、斬り捨て御免って便利な制度があったから苦労はしなかったんだけど、今はそうもいかなくてさ。警察も科学捜査って凄い技術使うようになって優秀になってきたし、以前みたいな『曖昧な誤魔化し』は今じゃもう通用しなくて。現代(いま)はとっても生きにくいんだよ」
「――捨て、るの?」

麻友は、主語を言えなかった。

「さあね。全て向こうに任せてるからさ」

あまりの平淡さに、麻友は憤怒する。
動かない身体で、睨むしかない状況にも拘わらず、必死に。

「――殺す」

無意識に、こぼれ落ちた。

「殺す、あんただけは、絶対に」

身体は動かない。

けれど、ここで何も言わなかったらこの人殺しに屈したことになってしまう。それだけは絶対に嫌だった。

だから、戦う。

例えそれが無様な悪あがきに過ぎなかったとしても、戦う。

身体が動かなければ口がある。

それを、使えばいい。

「殺して、やる」
「遅かれ早かれ、機会はあるよ」

意外な一言に、麻友は目を丸くする。

「それにはちゃんと一人前の『追捕使』になって、人を殺す術を身に着けてからでも遅くないと思うよ。今さっき戦ってみて解ったと思うけど、実力差がありすぎるでしょ? そんな程度の力しか持ってないときに戦ったら犬死にも良いところ。――でしょ?」
「……」
「麻友ちゃんの復讐のために協力してあげる」

復讐される側である少女は謳うように告げる。

「復讐に必要なのは人を殺す術。教えてあげるよ、これからあたしが泊まり込みでね」

声色は変わらない。

それが自身の命を脅かす『復讐者(わたなべまゆ)』という存在に力を付けさせる、明らかに自身の生命を危険に曝す行為なのに、それでも少女の声色は淡々としていた。

「大丈夫だよ」

声色は変わらずとも、看護師が喘息で入院している幼女を励ますような、そんな雰囲気で、

「麻友ちゃんなら、できるよ」