夜が迫る。

「こんばんは」

家まで、あと数メートルの地点。

家に至たる最後の曲がり角。

曲がったところに、昨日のこの時間と同じ光景。

「改めて。あたしは『追捕使』石田晴香。麻友ちゃんみたいなアカシックレコードに記されていない『異常因子』を処分してアカシックレコードを守る者」

黒髪、黒のロングコートにフィットした革製の黒いジャケットにズボン。

闇に熔けてしまいそうな漆黒の少女はそこに佇んでいた。

「丁度一日経った。あたしのように『追捕使』になるか、それとも処分されるか」

眼前の少女は構えを崩さずに、

「選んで?」

感情のない、言い回し。

強烈なプレッシャーが麻友を包み込んで、逃れようとしても逃がさない。

彼女の要求通りに、麻友が今ここで『「追捕使」になる』そう言えば殺されることはないだろう。

なのに、麻友は死の恐怖で震えた。

自分の一言が生死を分けると言うことくらいは判っている。

逆に、自分の一言で絶対的な安全を得ることだって可能、その方法も完璧とは言えないけれど、理解している。

だが、怖い。

怖い。

怖いのだ。

手段も、言うべきことも判っている。

けれど、何処か絶対的な恐怖が付きまとう。

「――わかった」

麻友は自分の身体を抱き締め、出来る限りの虚勢を張って必死に言葉を紡ぎ出す。

「やる」

一陣の風が吹き抜け、カサカサという葉音の後、静寂。

「ホント? 後悔しない?」
「……断れば、斬るでしょ? 死にたくないし。やればいいんでしょ?」

少女は麻友の問いを愚問だと言わんばかりに流し、

「ホントに?」
「――死ぬよりは、マシ。死んじゃったらそこで何もかもオシマイでしょ?」
「誓って」

と、麻友は気付いた。

少女の様子がおかしい。明らかに出逢ったときと違う。

「これから、何が起こっても絶対に後悔しないって」

声が少し震えている。声の裏に歓喜が見え隠れしていた。

少し、麻友はその反応に疑問を抱いた。

これは、ただの『歓喜』ではない。何か、どこか歓喜以上の何かが混入している。

「いいよね?」
「うん」

警戒は依然解かない。自分の声が少し低くなる。

少女の一挙一動が、凄く怖い。何だか開けてはならない箱を開けてしまったような、感覚。

「選んだコト、後悔しないでね」

スポットライトのように、古ぼけた街灯が麻友と少女を照らす。

「これからはね、全部が『当たり前』だからね。常識を捨て、全てを受け入れて。これから起こる、全てをさ。有り得ないこと全てを受け入れて、強くなって。いい?」

麻友は臆しながらも、頷く。

少女は『頷いた』麻友を見据えて、

「これから、ヨロシクね」

にこやかに告げ、少女は消えた。

この後、麻友は数十秒の思考時間を要してようやく『少女が脚力のみで飛び去った』という事象を認識した。