高校三年間を生徒会長として務め上げた由紀にとって、一つだけ心残りがあった。

それは、ヒーロー部という変人集団の部を廃部に出来なかったことだ。

そんな心残りだけを残したまま、由紀は大学生活へと進路を進めた。


「えっと……地図だと確か……あ、ここだここだ」


大学生になったからには学費ぐらいは自分で払いたい。そんなことを考えた由紀がアルバイト求人誌を片手に訪れたのは、一つのコンビニエンスストアだった。


本日午後2時に面接を行う予定になっていたのだが、遅刻を避けるために若干早めに家を出たおかげか、10分前に現場に到着した。


お店に入って近くの店員に声を掛け、面接のためにバッグヤードに通されて、しばらく待っててくれと言われ、既に30分以上が経過していた。


決して広くはないその場所で、パイプ椅子に座って待つこと30分以上。若干イラ立ちを感じながら、帰ろうと立ち上がった時、扉が音を立てて開いた。


「ごめんごめん。ともーみちゃんと電話してたら遅くなっちゃった」

「な、なんであんたがここに……」


バックヤードにやってきた店員を見て、由紀は驚いた。

彼女のことはよく知っている。というよりも知らないはずがない。あの忌々しいヒーロー部の元部員なのだから。


「おー!ゆきりんじゃん。どったの?」

「何で板野さんがここにいるのよ……」


由紀の前にパイプ椅子を広げて、チョコンと膝を立てて座ったのは、今由紀が呼んだように、板野友美だった。


「どったのって……わたしはバイトの面接に来たんだけど……なに? もしかしてあなたもここでバイトしてるの?」

「そうだよ。ここボクんちだもん」

「…………帰る」

「わわわ、待ってよ。面接しようよ面接。早く履歴書出して」


悪いものでも見たかのように立ち上がって帰ろうとした由紀を、友美が必死に止めた。

履歴書を出し惜しみしながら、もしこれで面接の結果が悪いものだった場合、友美に負けたことになるのではないかと想像して、やっぱり帰ろうと立ち上がった時、右手に持っていた履歴書は既に友美の手の中だった。


「ふんふん。へー、ゆきりんボクと同じ歳だったんだー」

「……そうね。あなたが留年してないんだったら、そうなるわね」


当たり前のことにいちいち驚く友美に若干呆れながら、由紀が何処に落としたのか、緊張感の一欠けらも感じない面接を渋々受けていた。


「ねえ、なんでバイトしたいの? お金? お金がほしいの? お金ならそこの金庫の中に入ってるよ」

「え、いや……そりゃ、お金は欲しいけど……って、金庫の中に入ってるから何よ! そんなこと言われたからって盗んだりしないわよ」

「なんだ、つまんないなぁ」


折角黙っておいてやろうと思ったのに。等と呟く友美に少しだけ不安を覚えた。もしかしたら、勝手にお店に金庫からお金を拝借してたりするのではないかと。いくら自宅のコンビニとはいえ、それは十分に泥棒び値する行為だ。

一応の注意をしておこうかと口を開きかけたとき、友美がさらなる質問を続けた。


「ゆきりんって接客とかしたことある? レジ大丈夫? てかさ、お腹空いたからってつまみ食いとかしちゃダメなんだよ。怒られるよ」

「し、しないわよ! 一体わたしをどんな目で見てるの、この子」


怒られるって知ってる時点でつまみ食い経験者なのであろう友美が、「ふーん」とこれまたつまらなそうに呟きを漏らした。


「でも、なんでコンビニでバイト? ボクだったらもっと別な場所選ぶんだけどなぁ。アルパカ関係とか」

「何そのピンポイントな動物専門店……アパレルでしょアパレル」

「へー、あれってアパレルって言うんだ? ラクダの仲間なんだよね?」

「本当にアルパカだったのね……」


もうどうしたいのかさえ判らなくなってきた。これが面接だということも忘れ始めた由紀の態度は、いつものヒーロー部に対する態度に戻りつつあった。


「じゃあ、何か特技ある? ツッコミとかボケとか?」

「あなたの中での特技ってのはその二つの中からしか選べないのかしら……?」

「じゃあ、ツッコミにしておくね……ツッコミ、っと」

「お願いだからそんなことメモんないで」


由紀の持ってきた履歴書の空欄に、大きく蛍光ペンでツッコミと書いた。何故に蛍光ペンなのかは謎だったが、その周りに今度は別の色で縁取ったりするのに夢中になり始めた友美に、由紀が溜息を落としながら何やってんだろうかと呆れた。


「これでよし。じゃあ、明日からよろしくね」

「え?」

「え?じゃないよ。バイトするんだよね? 明日からおいでよ。ボク一日暇だから一緒にお店で遊ぼう」

「あそ……いや、バイトでしょ? 仕事するんでしょ? 遊ばないわよ。それにわたしにもバイトを選ぶ権利あるんだからね! 受かったからって、ここでバイトするとは決めたわけじゃないんだから!」


立ち上がって、由紀がバックヤードを去った。帰り際に背中越しに聞こえた友美の「また明日ねー」の言葉を聞きながら、何故かこのお店にもう一度訪れそうな予感がして溜息をついた。


友美の自宅のコンビニで、今正に由紀のアルバイト生活が始まろうとしている。














これは……メゾン・ド・一刻並みのペースでつづくかもしれない