ショットガンとコルトガバメント。
この二つが麻衣の武器だった。いや、麻衣本人のバッグの中に入っていたアーミーナイフを入れれば、三つになる。
躊躇なく殺せる麻衣にとって、これらの武器があるだけで、もう無敵だと思った。
敵は麻衣が知りうる限りで、ただ一人しかいな。
佐伯美香さえ居なくなれば、あとはスムーズに事が進むはずだった。
視界の悪い森の中を、なんとなく東の海岸沿いに向かって獲物を捜していたとき。
岩肌を背にして座っている小さな少女を発見した。
このとき、すぐに殺しておけば確実に麻衣の勝利は近づくはずだった。
ただ、その少女の風貌が何となく、普段のそれとは違うように感じたことが、麻衣の興味をそちらに向けてしまっていた。
「何やってんの?」
言いながら、森の中を抜けた麻衣を、少女が驚くこともなく見上げた。
バッグを抱えるようにして水を飲んでいたようで、半分まで減ったペットボトルがその隣に置いてあった。
見上げた瞳は吸い込まれそうなほど黒目が大きく、だが、その表情に変化はない。
しばらく見つめた後、麻衣のベルトにぶら提げてあったナイフに目をやった。
「ん? これが欲しいの?」
抜き取ったアーミーナイフを前に差し出す。月明かりで光ったナイフの柄には、赤黒く変色した血が少しだけついていた。
れいなを殺したときのことを思い出して、思わず笑いそうになる。
目の前の少女がコクリと頷いてからパンを取り出した。
「あ、それ切りたいんだ? 手で千切っちゃえばいいのに。まいがやってあげるよ、貸して」
「いい」
どうやら自分でやるということらしい。全く変化しない表情に麻衣はちょっとだけ困ったような顔をした。
手のひらにナイフの柄を握らせる。そのまま麻衣は少女の隣に腰を掛けた。
半分だけ広げた地図の上で少女がパンを丁寧に半分に切る。
上下に動かされるナイフは、思ったよりも切れ味は良かったようだ。零れたパンくずを手のひらに乗せて口に運んだ。
そのまま半分のパンをバッグに直し、残り半分を小さな口に一口ずつ運ぶ様を、麻衣はしばらく見つめていた。
ベルトには拳銃が一丁、傍らにはショットガン。麻衣の負ける要素なんてなかった。
「まいもお腹空いてきちゃった。なんか食べようかな?」
ゲームが始まってから、水以外の物を口にしていなかったせいか、一度お腹がなり始めると止まらなくなった。
まだ口をつけていないパンと缶詰の山、重かったのはこれらのせいだな、と思いながら、潰れかけたパンを一つ指先で摘み取った。
両手でそれを大事そうに口に運ぶ。
「んぐっ……」
パンを咥えたときに横から思い切り押された。と、同時に、脇のすぐ下に電流が走ったような気がした。
隣の少女を見やると、先ほどと変わらない無表情のまま、麻衣の顔を見ていた。
その顔にはどうしてだろうか、赤い血が飛んでいる。もう一度、同じ衝撃を、今度はさらにその下の脇腹付近に感じた。
視線をさらに下に落とすと、麻衣のアーミーナイフから血がポタポタと零れ落ちていた。
意識が朦朧としながら、咥えたパンをポトリと落とした。
殺される。そう思ったときにはもう遅かった。ショットガンを持ち上げる力も、コルトガバメントを抜き取って撃つ気力も既になくなっていた。
ただ、急激に襲い掛かる眠気だけが、麻衣を支配していた。
三度目の衝撃を感じたとき、麻衣は少女の反対側に倒れた。
油断とかではなく、ただ、興味を惹かれただけだった。少しだけそのときを楽しんだら、ショットガンを頭に撃ち抜いてやろうとも思っていた。
だけど、この少女は、ほくそ笑むこともせず、悲しい表情を浮かべるでもなく、眉をぴくりとも動かすこともなく、麻衣を殺して見せた。
意識を失いながら、麻衣は自分の判断に後悔した。最年少のこの少女に、出来ることなど何もないと思っていたことに。
「ま、まぁちゃ……」
最後に、心臓にナイフを突き刺すと、麻衣は力なく目を閉じた。
血のついたパンは地面に転がったまま、朝には鳥の餌になるのだろう。
自身のバッグと、麻衣の武器を取り上げると、その場の用事は済ませたという表情(無表情に変わりはなかったが)で歩き出した。
その容姿と年齢のおかげか、誰も警戒しないのを逆手に取った殺人は、全く容赦なく行われる。
この一件が、殺人鬼、奥真奈美の誕生の瞬間だったのかもしれない。