「ばーちゃーん、全部売れたよ。はい、これお金」

「おや、別にいいんだよ。それはクリスが売ってきたものだろ」

「いーのいーの。じゃあ、半分こ」


商業都市ルアンダの街の端にポツリとある魔法屋。

智実は今、その家でお世話になっていた。


氷を探して走っているとき、たまたま声を掛けてくれたのが、このお婆さんだった。

冷凍庫の中の氷を全部くれたうえに、家にまで泊めてくれた。

それですっかり気を許した智実は、恩返しのためにかき氷を売って、お婆さんにお金を渡していたのだ。


「本当、悪いねぇ」

「ううん。だって、あたしのご先祖様の鶴も恩返しに機を織ったんだよ」

「そうかいそうかい。いい子だねぇ」


これが夏海なら、確実にツッコミが入ってた。いや、莉乃や萌乃でもここはツッコミを入れてるところだろう。

だが、この世界に『鶴の恩返し』という物語はないうえに、お婆さんには、智実がペンギンの姿をしていると気づいていなかった。


ちょっとだけ調子を狂わされた智実だったが、今度は家の中でかき氷を作るために、背中のリュックを下ろした。

かき氷機を取り出すと、嬉しそうにお婆さんに言った。


「ねえ、氷出して」

「おや、またかい? しょうがないねぇ」


お婆さんが杖を取り出して、ぶつぶつと呪文を唱え始める。そして、杖を二三度軽く振ると、「コールド」と口調を強めて言った。


「ありがとー」


杖の先から出てきた大きな氷の塊を嬉しそうに、叩き割る。そして、かき氷に放り込んで、がりがりと回した。

お婆さんはその光景を微笑ましそうに見ている。そして、智実のリュックの中にある物を見つけて拾い上げた。


「これは……どうしたんだい?」

「ん? 棒だよ棒。よく判んないけど、勝手に入ってた」


かき氷機を回しながら、智実が「欲しかったらあげるよ」と言った。

お婆さんはそれが聞こえなかったのか、その棒をメガネを掛けてまじまじと見つめた。


「これはまた立派なロッドだ……天馬のたて髪が使われてるじゃないかい」

「なにそれ?」

「クリスは魔法使い志望だったのかい?」

「ううん、ペンギンだよ」


ちょいちょい訳が判らない発言をする智実に対し、お婆さんは聞かなかったように言葉を続けた。


「どうだい? 今日こそちょっとだけ魔法の勉強してみないかい?」

「えー、そんなのいいよ」


昨日も同じように智実に魔法を覚えさせようとして、失敗した。

お婆さんには、智実の中にある魔力を感じるらしく、どうしてもそれを開花させてあげたかった。

リュックの中に入ってあったもうペンダンとは未だに「0」のままである。


「冒険者だけが持つことの出来る、このペンダントが泣いておるわい」

「それも欲しかったらあげる」


鼻歌を唄いながら智実はかき氷を作り続けた。少しだけ呆れたお婆さんが、部屋を出て行こうとしたときに、ボソリと呟いた。


「魔法を覚えれば、自分で氷を作り出せるのにのお」

「氷!? やる! あたしばーちゃんみたいに魔法覚える」


かき氷機を回す手がぴたりと止まって、お婆さんに駆け寄った。ロッドを奪い取ると、「早く、早く」と急かした。

簡単な娘だと、お婆さんは笑った。もっと早くこうしておけば良かったのだとも思った。












「生き血が飲みたい……責めて赤い飲み物が飲みたい……イチゴシロップでいいから」


屋敷の中は彩佳にとって意外と快適だった。床板は所々抜けて、埃だらけではあったが、それでも学園の地下に住んでたころよりは快適だと思った。

だが、食べ物どころか、飲み物もない。いや、外に井戸はあったのだが、彩佳の求める飲み物ではなかった。


そんなとき、屋敷の傍を大きな荷物を背負った男が通りかかった。

この森から出れない彩佳にとって、生きるための希望にも見えた。


「そこのお兄さん待ったぁ!!!!」


思わず大声で窓から叫ぶ。

声に驚いた男が、辺りをキョロキョロすると屋敷の窓から顔を出す彩佳を見た。

そして、顔を青ざめさせると、腰を抜かすようにして逃げようとした。

逃げられてしまっては元も子もない。彩佳は窓から飛び降りると、男の元へと駆け寄った。


「ねえ、赤い飲み物ない?」

「うわ……わ、わ……」


薄暗い森の中に女が現れたことと、二階の窓から飛び降りても平然としている彩佳に男はさらにパニックになった。

何も応えない男に、彩佳が赤い飲み物は持っていないのだろうと思い、あることを告げた。


「無いなら、生き血でもいいんだけど、それは流石に無理だよね――――って、おーい」


「うわああああ!殺されるーー!」と叫びながら逃げ去っていく男に、彩佳が首を捻らせた。


「行っちゃった……」


その日、彩佳の知らないところで、宿場町ホワンの住人たちが恐怖に怯えることになった。