「みぃちゃん!!」

「ゆ……優子……まいまいが……」


必死に手を伸ばして、麻衣が連れ去られた方角を指差す。

後からやってきた夏海が、道に転がった小さな瓶に気づいた。手に取って開きかけの蓋を開けた。


「なっちゃん大変だよ! まいまいがさらわれた!!」


飛び出したと同時に遥香が夏海の肩を掴んで、ガクガクと揺らした。そして、宙に浮いて辺りをキョロキョロとし出した。


「倉庫って言ってたけど、この辺に倉庫ある!?」

「倉庫? 本当にそう言ってたの?」

「間違いないよ。はるか、ずっと瓶の中で聞き耳立ててたから」


優子と夏海が顔を見合わせてから頷いた。遥香は既に自分の射程圏内を忘れて100メートルを超えた先に居た。


それを追いかけるように夏海が走って、メールを一斉送信した。


向かう場所は街外れの廃墟と化した、倉庫群。












「あぶ……」


拳銃の引き金を引くのと同時に、才加が体を捻らせて金髪の服を引っ張っていた。体勢を崩された金髪の腕から放たれた拳銃の弾は、才加の頭を貫通せず、代わりに捻らせた体の中央に食い込んだ。

腹部からとめどなく流れ出てくる血に、才加は一瞬だけ混乱した。頭がついてこない。痛みを感じる前に、まず、麻衣の心配をして振り返った。

心配そうに口元に手を当てて泣いている麻衣を見やる。ホッと胸を撫で下ろしたとき、ようやく痛みを感じることができた。


足を引きずりながら仲間を連れて逃げようとする金髪が、最後に何か捨て台詞を吐いて去っていったが、それは、二人には聞こえていなかった。


「さやか……大丈夫……?」

「だい……んんっ。大丈夫に決まってるだろ。何、泣いてんだよ。ほんとまいまいはバカだなぁ」


喉が乾いて言葉にならなかったのか、一度咳をして、再び笑ってからそう言った。


「よいしょ、っと。さあて、帰るぞ、くっ……」

「さやか!?」


痛みで表情が苦痛に歪む。その度に麻衣が心配そうな顔をすることで、才加は困った表情をして頭を掻いた。

制服のブラウスが血で赤く染まり、ポタポタとコンクリートの地面に血溜りを作っていた。


「心配すんじゃねえよ。こんなもん、唾つけときゃすぐ治るさ」


立ち上がることさえ出来なくなった自分の体が、憎くて仕方なかった。ここで普通に立ち上がらなくては、麻衣が心配してしまう。

必死に足を踏ん張って、体を持ち上げた。たったそれだけで、全力疾走したときのように息が乱れて、才加は自分自身に舌打ちをした。

胸ポケットに入れている携帯電話が鳴る。


「お、なっちゃんからメールだ。倉庫に集合だってよ。なんか驚かせてやろうぜ」

「……さやか?」


携帯電話をパチンと閉じて、悪戯い笑みを作った才加が、倉庫内に積まれている箱までよろめきながら歩いていく。一つの箱のガムテープを引き剥がすと、一枚のカーテンを取り出した。


「これいいよなぁ? これ壁一面にはっつけて、なっちゃんの怒った顔でも書こうぜ」


楽しそうにいくつもの箱をひっくり返しては、真っ白なカーテンだけを選び出していた。


麻衣が立ち上がって、才加の腕を掴んだ。急に掴まれたことで、才加は驚いた顔で麻衣を見つめた。

俯いたまま腕を掴んだ麻衣が顔を上げた。真っ赤に腫らした目が細くなる。同時に、才加も目を細めて笑った。


「よーし、じゃあ、早速やっちゃおー!」

「おー!」


麻衣の号令で才加がカーテンを広げた。積み上げた箱の上から、真っ白なカーテンをぶら下げた才加がロープで結んで固定した。

壁一面とは言えなかったが、半分くらいはカーテンで埋まった壁に、今度は落書きを施す番だった。


才加の額に脂汗が滲み出ていたが、それを悟られないように、何度も額を拭って作業に没頭していた。

止血をしていない腹部は、先ほどから止まることを知らない血を溢れさせている。才加の体はとっくに限界を超えていた。



「出来たーっ!」


麻衣が手に持っていたペンキを地面に置くと、両手を挙げて喜んだ。

数歩後ろに下がって、その絵を見る。そして、得意気に才加の方を振り返った。


「これ、似てるよ――さ、さやか……?」














夏海のメールで呼ばれたヒーロー部員は、事態を把握することもせず、渋々倉庫付近に集まってきていた。

遥香が開きかけの倉庫を見つけると、夏海を急かすように宙を飛んだ。


「こっちだって」

「もう、ボク疲れたよ」

「最初からこの追跡ロボ使えば使えば良かったのにな」

「あ、倉庫前での記念の一枚がぁ!」


いつもの雰囲気に夏海が若干呆れて、溜息をついた。遥香の行く方向を追い続け、一つの倉庫前までたどり着いた。


人一人分ほど開いた扉に手を掛けて中を覗いた。


「ま、まいまい……?」


扉を掴んでいた手が重力に身を任せて滑り落ちた。美香が代わりに片方の扉を開ける。

そこには、コンクリートの冷たい地面に座っている麻衣の背中が映し出されていた。


「あ、なっちゃん。遅かったねぇ」


振り返った麻衣が夏海を見てから、壁を指差した。


「これ、さやかと一緒に作ったんだよ。なっちゃんそくりでしょ?」


カーテンを繋ぎ合わせて作られたキャンパスには、夏海の怒った顔が大きく描かれていた。その周りには笑った顔のヒーロー部員が描かれている。

それを見てから、夏海はもう一度麻衣に視線を戻した。


麻衣の背中に隠れて見えなかったが、麻衣の膝を枕代わりにしている者が見えた。それが秋元才加だと気づいたのは、麻衣の先ほどの発言と、少しだけ見えた制服が、夏海と同じ物だったからだった。


「さやか、いるの?」

「いるよ」


背中を向けている麻衣の表情は窺えなかったが、弾ませた声はとても楽しそうに聞こえた。

夏海が倉庫の中に入る。辺り一面に血のような赤黒い染みを見つけて、どうしようもないほどの不安に襲われた。

麻衣の正面に向かって、夏海は左側に歩いた。少しずつ見えてくる才加の体。


それをはっきりと見たとき、夏海は立つことすら出来なくなっていた。地面にペタンとお尻を付けて、驚く夏海に、全員が同じように麻衣の正面に回りこんだ。


流れきってしまった血のせいで、才加の制服の白い部分は赤黒く淀んでいる。目を閉じたままの才加の顔は、笑っているようにも見えた。


「なっちゃん。さやか、死んじゃった……」


麻衣が少しだけ寂しそうな顔をして、すぐに笑顔へと表情を変えた。そして才加の顔を撫でる。


「でもね、すごく楽しかったよ。これ、さやかが考えたんだから。すごいでしょ? ねえ、なっちゃん怒ってない? いっつも怒ってばっかりだもんね。たまにはみんなで笑おうよ」


ニコッと笑顔を見せた麻衣が、もう一度才加を撫でた。眠ったような顔をしている才加の頬に、麻衣の指先が触れる。その流れを見つめながら、夏海は顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。


「泣いちゃダメだよ。笑わないと、さやかにバカって言われるよ」

「……だったら、なんでまいまいは、泣いてんのさ……」


笑っている麻衣の顔は、ずっと前から泣いていた。


それは、本人の意思とは関係なく、無意識に零れていた涙だった。


鼻を啜る音が次第に増えていく。


夏海が知っている限り、誰も笑っていないヒーロー部を見るのは、初めてのことだった。


太陽が西に傾いて長い影を作る。血の様に赤い光は、麻衣の悲しみを包み込んでくれているようにも見えた。















この日、秋元才加は死んだ。














つづく







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次回

「ヒーロー部よ、永遠に」


お楽しみに