見た目からすでにヤバそうだとは思っていた。橙色のドレスを着ている時点で追い返せばよかったんだ。
勢いに負けてしまったお母さんは、その責任をわたしに押し付けて、どこか買い物にいっちゃうし……。
「なっちゃん。今日から私のことは姫と呼びなさい」
「……」
意味が判らない。わたしは家庭教師を雇ったはずなのに、なんで姫がここにいるのか。
てか、姫じゃないし。あんた、さっき浦野一美って名乗ってたじゃない。
なんでも一流大学の学生だったらしいのだが、気づくと、姫になっていたらしい。
やっぱり意味が判らない。
「先生」
「……」
「あの、先生」
「……」
「あのー、せんせ――」
「姫って呼ばないと、返事はしません。私は先生じゃなくて、姫ですから」
なんだろう、この面倒臭い家庭教師は。
そこで携帯電話に一通のメール。お母さんからだった。
『その先生のことを姫と呼んであげると、家庭教師代が無料になるから、よろしく』
と書かれてあった。
あの糞ババア……確信犯じゃないか。
「じゃあ……姫」
「もっと、敬意を込めて」
やばい、いくら大人しいわたしでもキレてしまいそう……。
でも、家計を助けるためだ。仕方ない。
「姫」
「なに? セバスチャン」
「え? せば……せばす、なに?」
さっきまで、なっちゃんって呼んでたのに、いつの間に執事になったんだろうか。小首をかしげたまま、お姫様は目をパチクリとしている。
「えっと……ここの問題が判らないんですけど……?」
「仕方ないわねぇ、セバスチャンは……えーっと、どれどれ?」
教科書をジッと睨み付けている表情は、流石一流大学卒って感じだった。なんか頼もしい。
「なるほど」
「どう解くんですか?」
「あのね、なっちゃん」
「はい?」
あれ?呼び方が戻った。そして、ものすごく真剣な表情をしている。
「こういうのは、自分で頑張って解いてこそ、意味があるんですわよ」
「……」
何を言い出すんだ、この家庭教師は。姫と名乗ったり、人をセバスチャン扱いしたり。
結局、
「わからないんですよね? お姫様」
「私、文系ですから。うふ」
頭が痛い。全然使えないじゃないの。まあ、幸いなのが、代金が無料ってとこよね。ここは追い返して、違う家庭教師を頼むよう、お母さんに言おう。うん、決まりだ。
そうこうしてるうちに、お母さんが帰ってきた。
「ただいまー。勉強はかどってるー? あ、姫ちゃん、この部屋狭いけど、許してね。ベッドは夏海の使っていいからね」
「あ、はい。我慢します」
「え? ちょ、何言ってるの?」
今、ベッドがどうこうとか言ってなかった? 気のせいかな?
「ああ、家庭教師の姫ちゃん、今日からこの家に寝泊りすることになったから。夏海も仲良くしてあげてね」
言い切ると、スキップしながらキッチンへと消えていった。
ベッドに座って、「ちょっと狭いけど、ま、いっか」と言いながら、一美がドレスのについた埃を払っていた。
「本当に?」
こうして、平嶋家にお姫様が居候することになってしまった。
おわり