美穂がきん斗雲に乗ってやってくると、天蓬元帥が腰掛けていた岩から立ち上がった。

「大聖、どうでした?」

と呼びかけられて、美穂は返事ができなかった。その顔を見た天蓬元帥の目が陰りを見せた。

「ごめんよ。オイラは一生懸命、話したんだ。それでもダメだった……あの息子は、天蓬元帥が嫁になりたいと思うほどの相手じゃないよ」

「それは、もう、遠の昔にわかってました」

その言葉を聞いて、美穂は驚いた。もっとガッカリすると思っていたからだ。

「もともと向こうがあっしに惚れたのです。あっしは何ともおもっていなかったし」

「でも、夫婦になったんだよね?」

「ええ、そうですけど……それは、仕方なかったんです。女房になってくれなければ死ぬとか言うし……」

「そ、そういものか……」

「そういうものです」

「オイラは帰るよ。もえのちゃんが心配するし……」

「大聖はどちらへいかれるのですか?」

「天竺だよ。もえのちゃんのお供をして大事なお経を取りにいくんだ」

「え……」

天蓬元帥の顔が急にひきしまった。

「観音様が言いました。やがて、この道を西天に向かって大切なお経を求めて旅をする者が通りかかる。その人の従者になって天竺に行きなさいと。あっしはずっと、その方を待っていました」

「それが、もえのちゃんだといのかい?」

「間違いないです。どうか、あっしをそのお方に合わせてください」

正直のところ、美穂はあまり気が進みまえんでした。だが、天蓬元帥のあまりの真剣さに負けて、連れて行くことにしました。


再び雲を飛ばし、高大公の家へと辿り着きました。

「もえのちゃんは寝てると思うから、静かにしろよ」

そう言うと、美穂は萌乃のいる部屋へと向かいました。ふと見ると、萌乃が廊下に立って空を見上げていました。

「お帰り。ご苦労でしたね」

まず美穂をねぎらってから、その背後にいる天蓬元帥を眺めて、ニコリと微笑みました。

「そちらが、翠蘭さんのお嫁さんですか?」

居た堪れなくなったのか、天蓬元帥が萌乃の前に膝まづいてお辞儀をした。

「はじめまして。あっしは観音様より指原莉乃の名前を授かりまして、天竺へ取経の旅にお出かけなさることを命ぜられました。この家にはもう未練はありません。今すぐにでも旅立てます。どうぞ、連れて行ってください」

萌乃があっけにとられたのは、言葉遣いのちぐはぐさと、彼女のいうことにだった。

だが、莉乃は言い終わって、萌乃の言葉を待っていた。

「美穂、これはどういうことですか?」

萌乃に問われて、美穂はここへ戻ってくるまでに考えたことを口にした。

「観音様の思し召しだっていうなら、連れて行くしかないんじゃないかな?」

「美穂がそう言うのなら……わかりました。莉乃、よろしく頼みます」

莉乃が深くお辞儀をすると、その頭を美穂がポンポンと嬉しそうに叩いた。