ねえ、覚えてる?


何を?


初ステージ。


もちろん。


どうだった?


緊張した。


それだけ?






イヤフォンを耳にはめて、玲菜は人でごった返す街なかを歩いていた。

ポケットの中に入れていたアイポッドのプレイヤはAKBの曲をエンドレスで流している。耳障りな雑踏を隔絶するために流しているこの曲は、もう何百回と聴いた曲だった。


四月から高校生になる玲菜は、二月の千秋楽公演でAKB48を卒業したのだった。

理由は学業専念。高校生になって難しくなる勉強に、AKBとの両立は不可能だと感じてのことだった。そのため、大学受験を終えるまでは、今一度、夢を閉まっておこうと決断した。


「おーい!ぐっさん、こっちこっちー」

オープンカフェの席からあだ名を呼ばれる。顔なじみの友人がこっちに向かって手を振っていた。

同じように手を振り返すと、玲菜は笑顔でそっちに向かって足早に駆けていった。


イヤフォンを耳から外すと、少しだけ頭がくらくらして、指でこめかみの辺りを押さえた。

「げんき?」

「うん」

「高校どう?」

「まだ始まってないから」

空いていた席に腰掛けて、冷静にツッコミを入れた玲菜が、ははは、と笑った。

生来がカップサラダにフォークを刺してレタスを口に運びながら、続けた。

「そかそか、じゃあ頑張んないとねぇ」大学行くんだもんねぇ。明らかに話題を探していますといった様子に、玲菜が少し苦笑いをする。

「たなみんこそ、どうなの?」

「え?私? 私はぁ……まあ、普通だけど」

なぜ動揺するんだ。それが可笑しくて、玲菜が思わず噴出すと、「なに?なに?」と生来が辺りをキョロキョロと見回した。


その後は、まあ近況報告を兼ねて、まったりとお茶を楽しんだ。


AKBのこと。メンバーのこと。劇場のこと。スタッフさんたちのこと。


楽しそうに話す生来に少しだけ嫉妬して、わざとつまんなそうな顔をしてみたり、拗ねてみたりしてみた。

その度に慌てるような表情をする生来が面白かったが、苛めて楽しむなんて趣味が悪いと反省し、後半は合わせるように笑顔で頷いて聞いていた。


会話が途切れる。


カップに注がれたキャラメルカプチーノに口を付ける。時間が経ったせいと、季節のせいでホットからアイスに様変わりしており、玲菜は顔を少しだけしかめた。



「後悔してない?」

突然開かれた生来の言葉に、「えあ?」と間の抜けた顔で返事をした。

「卒業したこと、後悔してない?」

もう一度、今度ははっきりと言った。玲菜の視線がテーブルの上に落ちて、すぐに生来の顔を見上げた。

「してるわけないじゃん」

極力明るく答える。本当に後悔はしていないのだから。

もう一度あのステージに立ちたい。そう思うことは何度かあったが、それは決して後悔とかではなく、ただの懐かしい思い出がそう思わせてるだけなんだと言い聞かせた。

「そうだよね。だってぐっさん元気だもんね」

「うん。そうだよ」

生来が「変なこと聞いてごめんね」と謝って、玲菜が「いいよ」と返してから、お互いに顔を見合わせて笑った。

もう一度口を付けたキャラメルカプチーノは、やはり冷たく玲菜の顔をしかめさせる。白く染まった息が、モクモクと湯気の代わりをしているように見えた。


玲菜が笑う。その目の前で、生来も笑っている。それだけで今は十分に楽しかった。





ねえ、みんなに会いたい?


なんで?


だって、寂しいでしょ?


寂しいよ。


じゃあ、戻ってくる?


いつかね。


そっか。


うん。


寂しいね。


そうかな?


そうだよ。ひとりだと寂しいでしょ?


でも、みんなが待っててくれるから言えることがあるよ。


なに?


「ただいま」









                            おわり。