遙か彼方の地平線から太陽が姿を現したとき、智美は長い夢から目を覚ました。


「また、あの夢か……」


いつも見る夢。過去に犯した過ちは、いつもこうして夢となって現れる。


重い頭を起こして洗面所へと向かう。カーテンの隙間から差し込む陽射しが朝を教えてくれた。

眠らなくていい朝は、智美に安心感を与えてくれて少しだけ清々しい気分にしてくれる。


顔を洗い、外へ出る。

オレンジ色にひび割れた荒れた大地。智美はある一角にいつも水を撒いた。水を吸収した地面が黒く染まる。

ジョウロの中の最後の一滴まで撒き終わると、智美は少しだけ首を傾げて、哀しそうにそこを見つめた。


いつだったろうか。智美がその場所に蒔いた一粒の種。

それが何の種だったのかすら覚えていない。それほど前に蒔いた種だった。

毎日の水遣りを休んだことなど、一度も無かった。だが、この荒れた大地に植物が育つ気配は無い。

それでも智美は、それを欠かしたことは無かった。


「ともちん……」

自然と声に出して呼んだその名前は、もう何年も前に失った友人の名前。

それを失ったのは、智美自身の愚かな行為。

一粒の涙が零れる。

流しても流しても枯れない涙に、智美は悔しくて唇を噛んだ。


こんな荒れ果てた大地にも、青い空は平等にやってくる。見上げた空に雲の影はなかった。


「ごめんね」


ごめんねごめんねごめねんね……。


どんなに謝っても許されることではないのは知っている。だが謝らなければ気が済まないことも、智美は知っている。

一体のマリア像が視界に入った。



――――このマリア様が、とも~みのこと守ってくれるよ――――



友美はそう言って、このマリア像をプレゼントしてくれた。そのときの笑顔は今でも忘れない。いや、忘れることが出来なかった。この罪の意識を和らげてくれるのは、いつだってその笑顔だったから。


「守って欲しかったのは、こんな像にじゃなかったのに……」



一週間に一度やってくる食物の配達員兼郵便屋以外、ここを通る者などいない。

智美はその日以外はいつも友美のお墓をお参りしていた。

昔話を語って、泣いたり笑ったり。一日の大半はこうして終わる。


そして、また夜がやってくる。

寝るのが怖くて、いつもギリギリまで起きているのだが、睡眠欲のやってこない人間などいない。闇が深くなった頃、智美は重いまぶたをゆっくりと閉じる。


そして、何度も見た夢をエンドレスで見続けることになる。







ドンドンッ。扉を叩く音が智美を夢から引き起こした。

ああ、助かった。そう思って起き上がると、扉に手を掛ける。

「おはようございます。これ、今週の分ですね」

「ありがとう」

お金を渡してサインをすると、配達員が踵を返した。そして、斜め上を向いて「あ」と言った。

「そういえば、そこに何か種植えました?」

智美が首を傾げて見つめた。

「いやね、こんな何もないとこに、おっと失礼。そこに何かの芽が出てたもんでね」

気づくと、配達員を押しのけて表へ飛び出していた。



智美が駆けつけた場所には、柔らかい朝の陽射しを浴びて揺れている、生まれたばかりの新芽だった。

確かに生えてるその小さな芽を、智美は優しく手のひらで撫でた。

水滴が葉にぶつかったことで、自分が泣いていることに気づいた。

留まることを知らない涙の粒が、地面を黒く染めていく。


『だから守ってくれるって言ったじゃん』

声が聞こえた。顔を上げて辺りを見回す。

視界に入ったのは、マリア像だった。


そうか、守ってくれていたのはマリア様なんかじゃなくて――



「ありがとう」


涙を拭ってから、そう呟いた。


「ともちん」


呼んだ声は、少しだけ湿った風に流されて、空へと流されて行った。


笑んでから、もう一度友美の名前を呼ぶ。




「ともちん!」







おわり