太陽がビルの隙間に沈む頃、それは名前を夕陽に変えて、西の空を茜色に染めていた。
閑散とした駅のホームの屋根に、先ほど飛んできた一羽のカラスが一声鳴いて、翼を羽ばたかせた。
そのホームの片隅にポツリとあるベンチ。その一つに女子高生が二人、一人分の空間を空けて並んで座っていた。
その二人が葬儀の場のように、暗く俯いてさえいなければ、ごく普通の光景に見えたかもしれない。
ホームに停まった電車から、サラリーマンや学生達が降り、そして乗り込んだ。
一体何本の電車をこうして見送ったのだろうか、かれこれ2時間以上二人は口を開くこともなくそこに座っていた。
プシュー、と言う電車の独特な扉の開閉音が鳴り、ゆっくりと進行方向へ進み始めたのを無意識に眺めながら、一人の小柄な少女が小さな声で呟いた。
「……私じゃ、ダメかな?」
それは電車の音に阻まれたのか、ただもう一人の少女が意図的に聴こえなかった振りをしたのか、その言葉に返答はなかった。
ほんの数時間前、前田敦子は一年半付き合っていた彼と別れたばかりだった。
原因は彼の浮気癖によるもので、我慢に我慢を重ねた敦子の取った行動は、涙ながらに別れを切り出すことだけだった。
その後の彼の一言が余計だった。フラレたことでプライドに傷をつけたらしく、悔しさで敦子に暴言を吐いた。
気がつけば、付き添いで立会っていた高橋みなみのグーパンが彼の顔面にヒットしていた。
それから逃げるように駅まで走った。そして現在に至る。
一度言った言葉を二度言うことほど、恥ずかしい物はない。それもこのどうしようもない空間では尚更だ。
それでも、みなみはもう一度、今度は先ほどより大きな声で敦子に向かってはっきりと言った。
「私じゃ、ダメ?」
俯いたままの敦子が、ゆっくりと振り向いた。一瞬目が合ってすぐに地面へと落とした。
みなみが右手を伸ばす。膝の上に乗せられた敦子の手を優しく包み込むようにしてそっと近づいた。空いた一人分の空間が埋まる。
相変わらず敦子は黙ったままだったが、包まれたみなみの手を振りほどくようなことはしなかった。
二人の手が絡まる。
二人の体温が重なる。
心地よさの中にある居心地の悪さ。
嬉しいと思う心の中にある悲しい心。それは善いことと悪いことに分別出来る物でもなく、決して喜怒哀楽なんて高々四文字の言葉じゃ片付けられない感情だった。
「……あっちゃん」
ほとんど無意識に名前を呼んでいた。
敦子が悲しそうな顔でこちらを向く。悲しそうと言うよりも困ったと言ったほうがいいのかもしれないが。
「なん、で……?」
それは無限に拡がる疑問符だった。答えなんて考えても意味がない、それほど単純で無限の答えを生み出す言葉。
答える代わりにみなみは敦子の肩を抱き寄せた。
こうなることを望んでいた訳ではない。
このまま友達として、親友として付き合っていくはずだった。
その場の雰囲気に流されなかったと言えば嘘になる。でも、実際恋愛感情なんてそんなものだ。
出会った瞬間に運命を感じるなんてことのほうがありえない。そんなものは少女漫画を読みすぎた女の子の妄想だ。
どちらかと言えば少年漫画の方を好むみなみならではの見解だった。
「好き……」
愛してるでも、好きだよでもない、それこそ無限に広がる言葉。
加速度的に高まるリビドーに、みなみは足をバタバタと踏み鳴らしたい衝動に駆られた。
向こうのホームに電車が停まる。窓の中のサラリーマンがこちらを見てぎょっとした顔をした。
敦子がコクンと頷いたのと同時に電車が発車音とともに動き出す。
「……なんか、照れるね。こういうの」
頬を赤らめた敦子がそれだけを言うと、俯いたまま「へへっ」と照れ笑いをした。
右腕で肩を引き寄せる。
二人の影が重なってから、離れた。
赤い顔をさらに赤くした敦子が、悪戯っぽい顔でニッと笑った。
「好きって言ってもいい?」
おわり