頭の上に何かが落ちてきたことで、花は雨が降ってきたのに気づいた。
細い雨が落ち始めて、木の葉が水滴でリズミカルに揺れていた。
「雨―――」
落ちてくる水滴を、手のひらに乗せるように感じ、口元で笑みを作った。
雨は足音を消してくれる。そう、視界だって悪くさせてくれる。これは絶好のチャンスだと花は思った。
額に張り付いた前髪をかきあげると、茂みの向こう側を見つめた。
茂みの向こうは狭い空間が出来ていて、その中には、雨で出来たカーテン越しに、3人の姿が見えていた。
その3人もまた、雨に濡れている。大島優子と平嶋夏海、多田愛佳だった。
平嶋がハンカチを頭に乗せ、優子がそれを見て笑っていた。愛佳の手には、何故かおもちゃのハンマーが握られていて、花を少しだけ困惑させた。
花は息を整えた。優子とは二度目の戦いになる。一度目は、想定外の展開のせいで逃げることになってしまった。
足元の小石を拾い上げた。一呼吸したあと、優子たちの向こう側の茂みへ投げ込んだ。
ガサッ、と言う音に驚いた優子が立ち上がって、銃を抜いた。平嶋と愛佳は座ったまま身を固めて、音のしたほうを見つめていた。
花は音を立てないように3人に近づき、ワルサーPTHを構え、1発放った。
銃弾は、平嶋の後頭部を撃ち抜いた。続けて2発目を放ったとき、「らぶたん逃げて!」と、優子の声が響いた。
2発目の銃弾は、惜しくも優子の右肩を掠めた。続けて3発目を、逃げ出そうとする愛佳の背中に放った。当たった銃弾で、その動きが止まり、愛佳が膝を着いた。
4発目を放とうとしたとき、優子のCz75の銃弾が、花の顔の横を通り過ぎて、心臓がドクリと鳴った。
花の表情は、恐怖のそれとは違い、何か面白いおもちゃでも見つけたときの子供のような顔で、ニンマリと笑っていた。居場所がバレたことなど、失敗だとすら思っていなかった。
右手にワルサーTPHと、左手に357マグナムを握った花が、両方の銃口を優子に向けて立っていた。
両方の銃の引き金を引こうと、人差し指に力を入れたとき、目の前に人工的な赤い物体が現れた。
バババンッ。花が放った2丁の銃と、優子の放った銃の音が辺りに響いた。
赤い物体が花の目の前で、左下にゆっくりと落ちた。そして、それは足元に転がって、ピコ、と小さく音を立てた。黄色い柄の部分が花の爪先に乗っかった。
それは、愛佳の武器のピコピコハンマーだった。背中を向けていた愛佳が、いつの間にこちらを向いていたのか、地面にうつ伏せに倒れながら、息を荒げ、「・・・っちゃんのかたき――」と言った。
花がハンマーを蹴り上げようと体を捻ると、左胸から血が溢れているのに気づいた。一瞬だけ目を見開き、優子を見た。
右肩から血を流した優子が、両手に銃を構えて真剣な目で花を見つめていた。
ワルサーTPHを離した花が、胸に手を当てて、膝を着いた。
何か言おうとして口を開くと、喉の奥を生暖かい血が通過し、咽てから一気に吐き出した。
左手に残った357マグナムを愛佳に向けたとき、優子が2発目の銃弾を放ち、花の左腕が後ろに跳ね上がった。
そのまま、崩れるように仰向けのまま倒れて、口元をわずかに動かし、「死にたく、ない――――」と、そこまで言って、死んだ。
それは、雨音のせいで、優子には聞こえなかった。
雨脚は先ほどよりも強くなっていて、ずぶ濡れになって倒れている愛佳の元へ、優子は駆け寄った。
あのおもちゃのハンマーを投げてくれなかったら、優子は確実に死んでいた。良くて相打ちだっただろう。
わずかに呼吸をしている愛佳を抱き寄せてから、優子は耳元で「ありがとう」と繰り返した。
雨と一緒に、涙が頬を伝っていた。