生暖かい風が髪の毛をなびかせた。ふと見上げた空に黒い雲を見つけた遙香が、目を細めて「雨、降りそう・・・」と呟いた。
それに習うように、敦子が空を見上げた。
「ほんとだ。傘、用意してなかったね」手のひらで日よけを作った敦子が、おどけた言い方で言った。
「雨って、降るんですよね・・・」
空を見上げたままの遙香が、呟くようにそう漏らすと、「当たり前じゃん」と敦子が言った。
寂しそうに笑ってから、「そんなこと、忘れちゃってました」と言って、再び空を見上げた。
その横顔を見つめた敦子の表情も、寂しげだった。
「はるごん」
少しだけ驚いた顔をした遙香が、見上げていた顔を敦子のほうへ振り向けた。
「生きて帰ろうね」
「え―――」遙香がキョトンとした顔をし、それから、笑みを浮かべて、頷いた。「はい」
生きて帰る。遙香が何度も考えては諦めていた言葉だった。この首輪がある限り、自分たちはみんな死んじゃうんだと思っていた。
だが、諦めなければ、もしかしたら生きて帰れるかもしれない―――――今では、そう考えるようになっていた。
「前田さん」遙香が尋ねた。「生きて帰れたら、なにがしたいですか?」
敦子が、腕組をして、「ん~」と考えた。
それから、「寝たい」と言った。
「布団の上でさ、その日起きたことを振り返りながら、ぐっすり眠りたいよ」
もっとしたいこと沢山あるんだけどね。ははは、と笑った敦子が遙香のほうを見た。
「いいですね」遙香が同意して頷いた。
「で、はるごんは?」
敦子が首を傾げて、遙香の顔を覗きこんだ。
「私は―――もう一度」みんなと公演がしたい。叶わぬ願いを心の中にしまいこみ、遙香は代わりに笑んで見せた。
「前田さんと一緒です」と言った。
「なんか隠したなぁ!?」
敦子が膨れっ面で遙香の肩を揺すった。それに対して遙香が笑って誤魔化した。
「それじゃ、一緒に寝ましょう」
「え―――」敦子が首を傾げて、目を大きくした。
「そして、朝起きたら、一緒に遊園地行きましょう。やっぱジェットコースターですよね。あと、お化け屋敷とか」
乗り物の名前を指折り数えながら並べて、嬉しそうに語った。
その横顔を黙って見ていた敦子は、遙香のほっぺに、キスをしたい衝動に駆られたが、代わりに笑むことで、その衝動を抑えた。
「――――あとは、やっぱ観覧車とかいいですよね?」
振り向いた遙香が笑顔で敦子に訊いた。
敦子が笑んでから、頷いた。
「―――うん」
空は、先ほどよりも真っ黒な雲に覆われ始めていた。