柏木由紀は、茂みの陰からそっと顔を出した。
汗で額に張り付いた前髪を掻き分け、茂みの向こう側を覗き込んだ。
草木が邪魔をして、よく見えないが、誰かがやってきていることだけ判った。
ちゃんと確認しようと、体を前に倒し、顔を覗きこませた。目を細めたその先に映っていたのは、渡辺麻友と河西智美の姿だった。
なにやら、麻友の手に持っている物を二人で見ているようだった。自然と手に持っていた日本刀に力が篭った。
由紀は息を整えた。ゲーム開始からほとんど寝れてなく疲れていたが、そんなことは関係なかった。
あの子たちは敵・・・。さあ、殺しなさい。じゃないと貴女が殺されちゃう。
由紀の中の、もう一人の由紀が語りかけた。
「殺す・・・? 私が、まゆゆを・・・?」由紀が答えた。
そう。何故あの子たちが生きているのだと思う? それは、生きている他の者たちを殺してきたから・・・。あの子達は殺人者。
「まゆゆが、殺人者・・・」日本刀の鞘をゆっくりと引き抜いた。地面をしっかりと踏みしめるように、腰を上げた。
さあ、殺せ! 生き延びるために。
由紀は音を立てないように茂みを掻き分けて、足を踏み込んだ。わずかだが、体が震えているのが判った。
息を整え、日本刀を構えてから走り出そうとした。
「ゆきりん、見ーっけ」
後ろから声がして、足を止めた。震える体を抑えながら、ゆっくりと振り向く。そこに立っていたのは、宮澤佐江だった。
「なにしようとしてたの?」佐江の口元が笑みを作っていたが、目が笑っていなかった。マシンガンの銃口を、すっと由紀の顔に向けた。
ふー、ふー、と息を荒げている由紀を、あざ笑うかのように、佐江がもう一度笑みを作った。
「ど、どうしよ・・・」
もう一人の自分に尋ねた言葉だった。だったが、先ほどまで頭の中に存在していた、もう一人の自分は、すでに消えていた。
頭の中が真っ白になってしまった由紀が取った行動は、がむしゃらに佐江に突っ込むことだった。
「うわぁーーーーっ!」
日本刀を振り上げ、そのまま突っ込んだ由紀の体に、佐江のマシンガンが火を吹いた。
ぱぱぱぱぱぱ、という音と共に、由紀の体が奇妙なダンスを踊った。そして、そのまま仰向けに倒れた。
佐江が、由紀の手から日本刀を剥がし取り、刀の先端を由紀の顔面に突きつけた。


発信機の液晶画面の端っこに映った反応に、麻友と智美が顔を見合わせて、「どうする?」と言った表情をした。
「1人はヤバいんだよね?」知美が眉間にシワを寄せて、画面を見た。
「そうですけど―――」
智美の顔を見てから、画面に視線を戻した。
「もしかしたら、死体って可能性もある?」
言ってから、智美が嫌そうな顔をした。その可能性も十分あり得た。一度、美香と亜美菜の死体を発信機で発見しているから。
「とにかく、一度確認しましょう」麻友が決心した口ぶりで、智美と顔を見合わせた。
言われるがままに頷いた智美が、方向を確認してから、その先に動き出したとき、麻友が「あ、ちょっと待ってください」と止めた。
画面の黒丸の上に、もう一つの反応が現れていた。
「これって―――」智美の顔が険しい表情になったのを、麻友は見逃さなかった。「仲間かな?」
麻友が、首を捻って智美の顔を見たとき、叫び声のような声が林の中に響いた。その瞬間、聞き覚えのあるマシンガンの銃声が轟いた。
「今の声・・・」
叫び声で判りにくかったが、麻友には今の声が誰なのかすぐにわかった。
「まゆゆ、こっち」智美が麻友の袖を引っ張り、茂みの中へと誘った。「隠れよう」わずかに震えている麻友を、半ば強引に茂みの中へと連れ込み、発信機の画面を見つめた。
「今の声、ゆきりん・・・」
そう言った麻友の口は、やはり震えていて、その表情は思いつめているようでもあった。
「しっ、こっちくるよ」
智美の視線はすでに画面から離れていて、茂みの隙間から見える、佐江の姿を追っていた。
手馴れた感じでマシンガンを持ち、左肩に掛けたバッグの陰から見える、ズボンのベルトには拳銃が差してあった。
十数メートル先を歩いていく佐江を、息を潜めて見送った智美が、「ぷはぁ」と、息継ぎをするように吐き出してから、体の力を抜いた。
安堵の表情を浮かべてから、麻友に「あぶなかったね」と言おうと、振り向くと、険しい表情で麻友が震えていた。
峯岸に続き、間近で感じる友人の死が、相当ショックだったのだろうと思い、智美が慰めようと背中に手を回して、軽くポンポンと叩いた。
「河西さん・・・」
麻友がボソリと呟いた。その視線は相変わらず、発信機の画面を見つめていた。
「ん?」麻友の心情を察してかは定かではなかったが、寂しげな表情で麻友の顔を覗きこんだ。
「後ろ・・・います」
泣きそうな顔を智美に向けてから、発信機の画面を見せた。その画面の真ん中に智美と麻友の二つの黒丸の他に、もう一つの黒丸が存在した。
智美が息を呑んだ。心臓が大きく鼓動を始め、奥歯がガタガタと震えた。間違いであって欲しいと願いながら、ゆっくりと首だけを後ろに向けた。
Tシャツの袖を捲り上げて、マシンガンを肩に乗せた佐江の姿だった。薄ら笑いを浮かべて、智美の顔を見ていた。
「よく会うね、とも~み」
声が出なかった。隣で、麻友が目を閉じてうな垂れていた。