田名部生来と早乙女美樹は、島の中央らへんにある民家の玄関からそっと顔を出した。
風でニワトリ小屋の戸が、キィ、と音を立てた。
「こっち来る」美樹が顔を引っ込めて、生来を見た。
ほんの数分前に近くで響いた銃声と、誰かの叫ぶような声。それで、誰かが死んだのだと確信した。
その銃声の聞こえた方角から、誰かが近づいてきていた。その誰かが、戸島花だと気づいたのは美樹だった。
「戸島さん・・・?」美樹が今度は窓から目だけを覗かせて、花の姿を見ていた。
民家に向かって来ていた花が、突然方向転換した。民家には目もくれず、美樹から見て、右方向へとくるりと向きを変えて歩き出した。
「どうしたんだろ?」美樹が首を傾げる。「絶対こっちくると思ったんだけど・・・」
「よかったじゃん。こっち来られても困るしさ」生来が胸を撫で下ろし、ため息をついた。
「そうなんだけどね」尚も首をかしげながら、花が見えなくなるまで、その姿を見送った。
「多分、さっきの銃声は戸島さんだね」生来が、自分の武器、ベレッタM92Fを右手で握った。
美樹が覗かせていた目を、ゆっくりと離すと、生来の顔を見てから、片方の唇を持ち上げた。
「てか、今、こっから撃ち殺したほうがよかったかな?」
笑いながら、銃を撃つふりをした。
「撃ったことないくせに、当てる自信あるの? 外したら間違いなく私達が殺されてるよ」
美樹が呆れた素振りで、ため息をついた。テーブルに置いてあるコップを持ち上げると、口に付けてから啜った。
「ちょ、トイレ」生来が立ち上がり、美樹の横をすり抜け、トイレに向かう。
その生来が、なにやら声を上げた。
「燃えてる! 火事だ!」
美樹は、コップをテーブルに置くと、慌ててトイレに向かった。
火事だなんて、そんなわけが無い。火元なんてないんだから。
その思いは空しく、目に映ったのは、燃えさかる炎だった。
一体どうして、超常現象かなにかでもない限り、こんなとこで火事なんてありえない。美樹が炎を見つめていた。
玄関から、何かが落ちる音がしたのが聞こえた。生来が叫んだ。
「今度はこっちも!」玄関に隣接している窓の窓枠が落ちて、燃えていた。
「み、水」美樹が外にある井戸から水を汲み上げるために、台所の戸口に向かうと、その戸口も炎に包まれていた。
「な、なんで・・・?」
おかしい。この島では雨の代わりに火でも降ってくるのだろうか? そうじゃなければ、この有様は考えられなかった。
「ねえ、こっちから外に出られるよ!」生来が叫んだ。
そこは、唯一炎が回り込んでいない、小さな窓だった。生来がはいずるように、外に出た。続いて美樹が外に出る。
炎は、家の周りを囲うように燃えていた。火元はやはり外からだった。
「誰かがやったんだ・・・」
美紀が燃える家を見上げながら、呟いた。
「誰かって、一体誰―――」そこまで言ってから、思い出した。「まさか・・・」
生来が口に手を当てて、美樹の顔を見た。美樹は黙って頷いた。
そのとき、後方から銃声が聞こえてから、美樹の体が前へ押し出された。
生来よりも2歩前へ押し出された美樹の背中からは、血がポタポタと流れていた。
そのまま膝を着きながらうつ伏せに倒れた。
生来が銃弾の飛んできた方向へベレッタを構えた。構えたのと同時に、2発目の銃弾が放たれていて、銃を構えている生来の右手にその銃弾が当たり、ベレッタが反動で生来の見後方へと転がった。
「ゆ、指がぁぁぁぁっ!!」構えていた右手の人差し指と中指が、第二関節辺りまで吹っ飛んでいた。
木の陰から銃を構えた状態で、花が現れた。それとほぼ同時に、燃えさかる家の右前方の茂みから人影が現れた。
「そこまでだよ」
そう言うと、Cz75を構えて、銃口を花に向けた優子が立っていた。
横目でちらっと優子を見た花が、唇の端を持ち上げ、笑みを作った。
そのままの状態で、花が右手を優子に向けてから、引き金を引いた。
パンッと乾いた音がしたあと、優子の右後方にある木の枝が宙に舞った。
今度はちゃんと体を優子の方へ向ける。
「撃つよ」優子が言った。
「撃てないよ。撃つんなら、そんなこと宣言しないもん」
花の右手人差し指が、ゆっくりと引き金を引き始めた。片目を瞑り、優子の頭を狙っているように見えた。
「撃つって言ったでしょっ!」叫んだのと同時に優子の構えた銃から、弾丸が放たれた。それは花の左腕を掠めた。
花が驚いた顔で、優子を見てから、「ちっ」と舌打ちをした。
「今度は外さないから」そう言った優子の声は、少しだけ震えているようにも聞こえた。
「あんたも十分狂ってるよ」花が、ふっ、と笑いながら、構えていた銃を降ろし、左肩に掛けたバッグを持ち直した。
「でもね」銃をズボンのベルトに仕舞った花が、右手で髪をかきあげながら続けた。「生き残るのは私だから」
そう言ったあと、踵を返し、優子に背を向けて数歩だけ歩いたあと、全速力で走り出した。それは、優子が引き金を引いたのとほぼ同時だった。
轟いた銃声を背中で聞きながら、花は舌打ちをした。
優子が現れたのは想定外だった。それ以外は多分、完璧だったはずだから。それに、優子が本当に撃ってくるとも思っていなかった。
花は考えた。やる気になってるのは、陽菜と佐江だけと予想していたはずだ。その内の1人、陽菜は花自身の手で殺した。
なのに、どういうことか、優子は花に噛み付いてきた。これは紛れもなく予想外の出来事だった。
「窮鼠、猫を噛むならぬ、コリス、ライオンを噛むだねこれじゃ」はは、と空笑いをしたが、顔は決して笑っていなかった。
次はもっと完璧な殺しをしよう。走りながら、花はそう決意した。
右手の指2本を失った生来が、地面を転がりながら、泣いていた。
銃を降ろした優子が、肩で息をしながら生来に近づく。
それに気づいた生来が、「こ、こないで」と叫んだ。
優子の足がピタリと止まる。優子を見る生来の目は、恐怖で怯えている目になっていた。
「たなみん・・・」
優子の顔は、酷く寂しそうな、そんな顔をしていたが、生来にはそうは映っていないようだった。
「お、お願いします・・・こ、殺さないでください」
地面を這うように、後方へと後ずさる生来の腕に、先ほどまで握っていたベレッタM92Fが当たった。
それを、慌てるように拾い上げたが、右手が思うように使えず、何度も落としてから、混乱する頭をフルに使い、ようやく左手で握ることを思いついた。
「たなみん、私はなにも―――」自分は害はない。そう言おうと前へ1歩足を踏み込んだ。
「いやーーっ! こ、こないで!」
銃を強く握ったまま、生来が後ろへ下がった、背中に何かが当たったのを感じ、それが先ほどまで居た家の壁だと思い出した。
そのとき、優子が大きな瞳を、さらに大きくしてから、なにか叫んだ。
優子の視線の先を追うように、生来が上を見上げた。
空から、燃え盛るなにかが降ってきているのが目に入った。
そうだった、この家は燃えていたんだっけ・・・。
そう思ったときには、生来の体にずしりと重力が圧し掛かり、ミシっと自身の骨が潰れる音が聞こえた。
「たなみん!」
焼け崩れる家に押しつぶされた生来を、優子はただ眺めるしか出来なかった。
「・・・もう、誰かが死んでいくのを見るのは嫌・・・」
燃え盛る炎を見つめる優子の瞳からは、大粒の涙が零れていた。