増田有華が、山の中腹から、学校を見下ろしていた。
その眼差しは、憎しみにも似た冷たい目をしていた。
アーミーナイフを握る手に、汗がジワリと滲んでいた。
この中腹から数十メートル下ると、禁止エリアに入ってしまうため、有華は動けないでいた。
「この首輪さえ・・・」僅かにできた首輪の隙間に指を入れ、強く引っ張った。
あの忌々しく聳え立つ学校に、いや、その中で暢気にお茶でも啜りながら、みんなの死にいく様を飄々として待っているであろう、秋元と戸賀崎に、一泡吹かせたい。
爆弾でもあれば、ここから学校へ投げ込むことだって出来る。
爆弾―――マシンガンの音と一緒に、いつも爆発音がするのを有華は思い出した。
思い出したが、マシンガン相手にそれを奪い取る方法が思いつかなかった。
「やっぱり、せめて銃は必要やな・・・」ナイフをチラリと見やったあと呟いた。
「銃って、これのこと?」
突然聞こえた声に、有華が慌てて振り向いた。振り向いた先には、陽菜が銃を構えて立っていた。
「こんなとこで一人でボーっとしてたら、殺されちゃうよ」
言ってから、陽菜がニヤリと笑った。それに関しては、有華は何も応えず、陽菜の銃にだけ視線を送った。
「何見てんの? 私が油断したらこれ奪おってやろうとでも思ってる?」
陽菜が銃を少しだけ持ち上げて、指し示した。
「だったら、それは無理だよ。私はあの馬鹿麻里子とは違うからね」陽菜が思い出して笑うと、急に真面目な顔になり、発砲した。
弾丸は有華の右太ももに命中し、有華は衝撃で肩膝を着いた。
「陽菜、お願い、それ私にくれへん?」
有華が尚も銃に目を向けて言った。弾丸は確かに有華の右太ももに命中したはずなのだが、それでも有華の瞳は力強く陽菜の銃を見ていた。
「何言ってんの? あんたはここで死ぬの。そんなに欲しかったら、命がけで奪いにきたら?」
陽菜がさらに1発、今度は左足を撃った。
「くっ・・・」支えの無くなった体が、ぐらりと力なく倒れていくのを、近くの木に捕まることでそれを押さえた。
「悪いようには使わへん・・・ちょっとの間貸してくれるだけでも―――」
パンッ、パンッ。今度は腹部に2発。支えていた腕が離れて、有華が地面に倒れた。
「バカじゃないの? 貸せって言われて貸す人いると思う?」
陽菜が若干の苛立ちを見せて、眉間にシワを寄せた。
「めーたんの・・・死んだみんなの・・・仇を討ちたいだけやねん・・・だから・・・」
地面に這い蹲って、右手だけを陽菜の方へ伸ばした。伸ばした右手には、ナイフが握られていた。
死にかけても尚、陽菜の銃を欲しがる有華に、陽菜は恐怖感を覚えた。
「だ、大体、あんた武器持ってるじゃない・・・。なんで、そこまで・・・」
気づくと陽菜は、有華の体に、残った弾丸を全て放っていた。
有華の右手が地面へと落ちたのを見て、陽菜は胸を撫で下ろした。ただ、その右手に握ったナイフは、がっちりと握られ、離れることはなかった。
最初、有華を見たときは、余裕で殺せるはずだった。命乞いをする有華を弄んでやろうかとさえ思っていた。
だが、有華は命乞いどころか、死ぬことに恐怖すら感じていなかった。そこまでして銃を欲しがる意図は、陽菜には全く判らなかったが、どうも自分が銃を欲しがってたときとは、感じが違いすぎて、怖いとさえ思った。
有華の死体を見下ろす陽菜の体は、いつの間にか震えていた。
陽菜は、誤魔化すようにその場を足早に後にした。
有華を殺したあと、禁止エリアを避けるように、西側へと下っていた。
歩きながら銃に弾を込めるのも忘れなかった。
ただ、その光景を見られてるとは、陽菜は思いもしなかった。
近くの木の枝が不自然に揺れたのを感じ、陽菜はピタリと動きを止めた。
揺れた枝先をジッと見つめ、銃を握る手を強めた。
今度はその手前の木の枝が揺れたあと、陽菜が見ていた木の枝が揺れた。いや、揺れたと言うよりも、なにかが当たったと言ったほうがいいのかもしれなかった。
鳥か何かかと思ったそのとき、3度目の揺れのあと、陽菜の足元に何かが落ちた。それは、赤い布に包まれた石のようなものだった。
首を傾げ、空から降ってきたそれを拾おうと、腰を折り曲げたとき、銃声が轟いた。
気づくと、陽菜の右肩から血が流れていた。
「くそっ、油断した」陽菜が銃を構えて辺りを見渡す。
「隠れてないで、出てきなさいよ! この卑怯者!」
所在の判らない場所に向かって陽菜が叫ぶ。再び木の枝に何かが当たる音がして、陽菜の後方へと落ちた。
陽菜が飛んできた方向へ向かって、銃を撃った。それは虚しくも木の幹に当たっただけで、なにも反応を示さなかった。
混乱を招くかのように、今度は瓶が2本続けて降ってきた。その瓶の先には火の点いた紙がねじ込まれていた。
それは、テレビや漫画などでよく見る火炎瓶に似ていた。陽菜が咄嗟に反対方向へと飛んだ。
飛んだ瞬間、背中を撃たれた。苦しそうな顔をして、撃たれた方向に銃を向けた。相手の存在を確認したかった。
だが、銃を撃った者の姿は現れなかった。陽菜が見えない者への恐怖で、混乱していた。
「出て来いって言ってるでしょ! 正々堂々戦え! コノヤロー!」
陽菜が吼えた。吼えたあとすぐに銃弾が陽菜の左胸を貫いた。
「は、はは・・・もう少し、だったの・・・に・・・」胸から勢いよく噴出した血を見て、自分は助からないと戦意喪失した。
倒れ行く陽菜の目の前に、誰かの足が見えた。薄れ行く意識の中に、最後に見たのは、不敵な笑みを作っている花の姿だった。
「は、はなちゃ・・・」
「あのね、火炎瓶は爆発しないんだよ」
花が口元に手を当て、くすくすと笑った。
「悪いけど、生き残るのは私だから」
そう言うと花は陽菜の持っている357マグナムを取り上げ、そのまま銃口を陽菜に向け、1発撃った。
衝撃で、びくんと陽菜の体が跳ねてから収まった。
「殺し合いもゲームも、要はここなんだよ。にゃんにゃん」
花が左手で自分の頭を指差しながら、笑った。
「さあて、ライオンさんは次の子猫ちゃんでも捜そうかな」冗談交じりにも聞こえる言い方で、花が嬉しそうにバッグを持ち上げた。