花の姿を木の影から見送ると、平嶋は「ふぅ・・・」とため息を付いた。
「ねえ、なんで隠れるの? まだ敵かわからないじゃん」
愛佳が平嶋の腕に向かって、ハンマーをピコピコと鳴らした。
「ちょ、愛ちゃん五月蝿いからそれ止めてよ」
平嶋が慌てて、ハンマーを押さえる。それから、愛佳の疑問に答えた。
「花ちゃん、一人だった・・・」平嶋が地面に目線を落として、真剣に言った。
愛佳は、だからなに?と言いたそうな顔で、キョトンとしていた。
「誰が敵で、いつ殺されるか判らない状況なのに、あんな堂々としてるなんて、普通じゃないよ」
少しだけ声を震わせて、平嶋が言った。愛佳は尚もキョトンとした顔で平嶋を見ていた。愛佳が口を開く。
「誰か捜してたとかじゃなくて?」
「そうだとしても、武器をあんなふうに持ち歩いてたら、見つかるもんも見つからないよ」
平嶋がそう言うと、花が右手でくるくると銃を振り回してるいのを、愛佳は思い出した。
「あいちゃんも振り回してるよ」ピコピコハンマーを今度は木の幹に向かって叩き出す。ピコピコと間抜けな音で、平嶋がため息をついた。
「でも」愛佳がハンマーを止めて言った。「あれだけの時間で、そこまで判ったんだね。なっちゃんすごいよ」よしよしとでもするように、今度は平嶋の頭で、ハンマーを軽く3回鳴らした。
平嶋が苦笑いで、それを右手で塞いだ。
「真実はいつもひとつ!」突然愛佳がハンマーを持った腕を胸の前でビシッと伸ばし、ポーズを決めた。
「・・・なにそれ?」平嶋が苦笑いのまま、口をポカンと開けて聞いた。
「コナンじゃん、コナン」知らないの?とでも言うように、愛佳が平嶋を見た。
「いや、判るけどさ・・・」
平嶋が先ほど叩かれた頭を、ポリポリと掻いた。
「なっちゃんの名にかけて! なんちゃって」愛佳が笑って同じように、今度はさきほどよりも冗談交じりにやった。
「いや、それ、じっちゃんだから、なんか私死んだ人みたいに聞こえるじゃん。やめてよ縁起悪い」
呆れてそう言うと、愛佳がハンマーで口を隠し、くくく、と笑った。
愛佳の楽しそうな姿を見て、もしもこの子の武器が、こんなおもちゃではなく、銃器類だったら?と考えた。
それでも、愛佳はそれをおもちゃのように扱い、やはり楽しそうに遊んだに違いない。想像して、平嶋は笑った。
平嶋が笑ったのを、愛佳は自分が笑わせたのだと勘違いして喜んだ。
有華が戸賀崎の放送に気づいたのと、海の底で恵のアーミーナイフを見つけたのはほぼ同時だった。
「ぷはっ。 はぁはぁ・・・」海岸に上がった有華がナイフをバッグの横に置き、地図を広げた。
恵の死体は、有華がそのまま海へと沈めてしまっていた。眠っているだけのように見える、恵を見ていると、自分が自分じゃなくなりそうで怖かったから。
代わりに、恵の武器のアーミーナイフを探した。
戸賀崎の放送で、大堀恵と峯岸みなみの死が伝えられた。恵の名前を聞いたとき、有華の顔つきが少しだけ険しくなった。
そのあと、禁止エリアを告げ、戸賀崎の放送は終わった。
地図を折りたたむと、有華はアーミーナイフを取り上げた。
「めーたん・・・仇はうちが討ったるからな」
ナイフに、有華の冷たい目が映った。
左肩の傷を確かめるように、巻いた布を手で触った。
無理をしすぎたせいか、左肩は酷く痛み、右腕の感覚はほとんど皆無だった。
それでも、わずかに残る感覚で、指を動かす。ゆっくりだが、人差し指と親指が動いた。
恵を沈めた海を見つめる。潮風が有華の髪をかきあげた。
朝の冷たい風は、有華の心の中を吹き抜けた気がして、寂しさを増幅させた。
気づくと、有華の頬に涙が伝っていた。
右手でそれを確認すると、有華は、ふっ、と鼻で笑った。
あれだけ泣いたにも関わらず流れ落ちる涙を見て、ああ、涙は枯れ果てないものなのだな、と思った。
有華が声を出して泣いた。
その泣き声は、次第に激しくなり、いつの間にか有華は立つことも出来ず、地面に崩れるように膝を着いていた。
二度目の涙は、一度目のそれとは違い、悔し涙に近かった。
一通り泣いて、すっきりした有華が立ち上がった。
目は赤く腫れ上がってはいたものの、その見つめる先は、海ではなく、その反対側、山でも森でもなく、島全体を見ているようでもあった。
右肩でバッグを担いだ有華が、足を踏み出し、出発した。
右手にしっかりと、ナイフを握り締めて。