「恵令奈、真奈美のバッグ持って。今から診療所に向かう」
才加が焚き火に砂を掛けて火を消した。自分のバッグを肩に掛けて、真奈美をおぶった。
突然のことに、恵令奈は眠たい目を擦り、口をポカンと開けて才加を見つめた。
「早く。動くのは危険だけど、こんなとこに寝せてたら、余計に悪化してしまう」才加が背中におぶっている真奈美を、顎で指し示す。
言ってることを理解した恵令奈が、慌ててバッグを二つ両手で抱えた。
「決断までに時間取りすぎた。少し急ごう」そういうと、才加は歩き出した。
事実、真奈美の体調に気づいてから、3時間以上が過ぎていた。風邪で動けない真奈美をつれて、さらに恵令奈を守りながら移動することに自身がなかったからだ。
茂みの中を真奈美をおぶって歩くのは困難だった。
「くっ」才加が歯を食いしばってるのを、恵令奈は気づいた。
「大丈夫? すごい汗だよ」
ちらりと恵令奈のほうを見ると、大丈夫だよとでも言うように、少しだけ微笑んだ。その顔に疲労以外に何かを恵令奈は感じ取った。
隣を歩く才加を観察する。おんぶされている真奈美が才加に身を任せたまま、寝息を立てている。
そのまま視線を落として、記憶を遡らせる。―――針と糸。
「―――あ」
恵令奈の足がピタっと止まった。今まで平気そうにしていたので忘れていたが、才加は脇腹を刺されていたのだ。
それなのに、昼間あれだけ動き回り、さらに今、真奈美をおぶって移動してる途中だ。ちゃんと治療したわけでもないのに、痛くないわけがない。
「恵令奈、なにしてるの? 置いていくよ」
才加が、身体を少しだけこちらに向け、早くと急かした。
居た堪れない気持ちでいっぱいになった恵令奈が、才加の持ってるバッグを奪い取るように引っ張った。
「持つよ」えへへ、と笑いかけて、背中に一つ、両肩に胸の前で交差するように二つ持った。
才加が傷のことで泣き言を言わないなら、それを自分が口にするこではない、だったら、自分は何も思い出さなかったことにしよう。恵令奈はそう決めた。
才加が何か言いたげそうに口を開いてから、そのまま何も言わず口を閉じた。代わりに、笑みを作って、「ありがとう」と言った。
午前4時を過ぎたころ、眠っていた優子が欠伸をしながら起き上がった。その隣では、麻友が眠っている。
「早いね、まだ寝てていいのに」智美が心配そうにそう言うと、優子が口の片端を持ち上げて、眉をへの字にしてから「なんか寝れなくて」と言った。
「今度は二人寝てよ。見張りは私一人でも出来るからさ」優子がズボンの前に差しているCz75を叩いて笑顔を見せた。
「私は、もう十分寝たから」峯岸が言うと、智美も辞退した。
「じゃあ、まゆゆが起きたら、出発しようか」
焚き火に薪をくべながら、峯岸が麻友の寝顔を見やった。
「そうだね」優子も峯岸の視線を追うように、麻友を見てから、ふふっと笑った。
「でも、どうやってみんなを捜すの? やっぱり今までみたいに闇雲に歩き回るだけ?」また、佐江に出くわすかもしれないよ。そう続けたあと、苦笑いをした。
「それなら、これがあるから大丈夫―――あれ? あ、まゆゆが持ってんだっけ」
自分のポケットをまさぐったあと、思い出したように、麻友に近づいて、ポケットに手を入れた。
「・・・ん、んん・・・なんですか?」麻友が目を擦りながら峯岸を見上げる。
「ごめん、起こしちゃった。ちょっと発信機貸して欲しいんだけど」
片目を瞑り、両手を顔の前に合わせた。麻友がもそもそと起き上がり、バッグの方を指差した。
「あれなら、バッグの中ですけど・・・」
優子と智美がコケる振りをする。峯岸が頭を掻きながら、ははは、と照れ笑いをした。
麻友が発信機を取り出して、優子と智美の前に突き出した。
ボタンを押してスイッチを入れる。緑色の画面に十字の黒い線が画面の端から端まで伸びていた。その真ん中に黒い丸が密集していた。
「この真ん中にある丸が私達です」麻友が得意気に画面を見せた。
「真ん中ってここだよね?」優子が不思議そうに口を開いた。
「丸5個あるよ」今度は智美が、首を傾げる番だった。
え?と言う顔で峯岸と麻友が画面を見た。
密集している4つの丸のすぐ隣に、もう1つの丸が確かに存在した。
峯岸が顔を上げた。瞬間、麻友の背中を突き飛ばした。それと同時に目の前の茂みに向かって上段蹴りを繰り出していた。
「つっ――」微かに聞こえたその声と、足に伝わった確かな感触で、敵の存在を確認した。
「佐江!?」峯岸が敵を確認して叫んだ。
佐江が仰向けで倒れ、上半身をゆっくりと起こし、銃をすっと構えた。躊躇うことなく佐江のマシンガンから銃弾が発砲された。
その銃弾は、峯岸の胸を貫き、佐江が素早く身を起こした。
「みんな、逃げて!」峯岸が地面に膝を着いたまま、力を振り絞って叫んだ。
「峯岸さん!」麻友が叫んだ。佐江の右手が今度は麻友のほうへと向いた。
智美が、バッグを一つ掴むと、麻友に覆いかぶさるように茂みの向こうへ飛んだ。
そのとき放たれた銃弾は、智美の背中に3発当たった。
「まゆゆ! 逃げるよ」智美が麻友の耳元でそう囁くと、麻友は首をぶんぶんと振って抵抗した。その目からは涙が溢れ、顔はグシャグシャに崩れていた。
「ここに居たらみんな死んじゃう、今は生きることだけ考えよう」泣き叫びたいのは智美も一緒だった。やっと出会えた友人と、こんな形で別れるとは思いもせず、ただ、今は峯岸の意思を引き継ぎ、麻友を守ることを優先した。麻友の手を引っ張って、走った。
佐江がマシンガンを構え直したとき、パンッ!と言う音が鳴った。今度は優子が銃を放っていた。
「佐江、こっち! 私が相手したげる」
佐江の口元がニヤっと笑うのが見えた。身体の向きを90度ずらして、今度はマシンガンではなく拳銃で優子を撃った。
優子の心臓を狙っていたのが判った。佐江の右手がこちらへ向いたときに、咄嗟に木の陰に隠れたおかげで、弾には当たらなかった。
とりあえず、智美と麻友が逃げ切るまでの辛抱だと、もう一度身体を佐江に見せ、Cz75を構え、そして放った。
佐江が木の後ろに隠れていたが、そんなのお構いなしに銃をぶっ放した。弾が切れたのをきっかけに、優子は佐江とは反対方向に走り出した。
佐江がマシンガンの引き金を引いた。ぱぱぱぱぱぱ、と言う音が辺りに響いた。弾の一発がふくらはぎに当たり、一瞬ぐらりと優子の身体が傾いたが、持ち直し、走り続けた。
スミス&ウエッソンに持ち直した佐江が、同じ方向に走り出した。
足の速さに自信があった優子だが、佐江のほうが速いのだと思い出して、苦笑いをした。
だが、佐江は荷物を抱えながら走っている。そう考えたら、幾分優子のほが有利だった。
銃声の音はすでに止んでいたが、耳に残ったその音が何度も繰り返し、優子は走るのを止めなかった。