教会の東付近の雑木林に生えている1本の杉の木に、松岡由紀は寄りかかっていた。
ゲーム開始からずっと一人で島を歩き回り、時折聞こえる銃声と爆発音に怯えて過ごしていた。
物音一つに過剰反応してしまい、今や緊張感と恐怖心で疲労がピークに達していた。
ふう、と息を付いて、視線を前に向けたとき、海面上に散りばめられた星の並びに、星よりも一際大きな光を見つけた。
「家・・・?」
目を凝らして何度もよく見た。建物の窓から照らし出されている光の中に、微かに複数の人影が見えた気がした。
由紀は考える。自分はもう疲労で疲れきっている、ここで白旗でも掲げてあの家に向かえば、殺されることだけは避けられるんじゃないか。あわよくば仲間に入れてもらえるかもしれないと。
意を決したように立ち上がると、バッグを肩に掛けた。
歩き出そうと、足を踏み出す。シャツの背中を引っ張られた。木の枝か何かが引っかかっただろうと、右手で振り払おうと背中に手を伸ばす。そこで由紀はギョッとした表情をした。
木の枝が引っかかっているのではなく、誰かに掴まれているのだと。そう気が付いた。
ゆっくりと後ろを振り返ると、宮澤佐江が俯いたまま立っていた。
「ひっ」由紀が軽い悲鳴のような声を上げると、佐江が俯いたまま目だけを由紀の方へ合わせた。
「ど、どうしたんですか?」
背中を掴まれているため、首だけを佐江に向けている。佐江の唇がゆっくりと動いている。
「・・・・ちがいい?」
「え?」
風の音で聞こえなかった。もう一度佐江の唇がゆっくりと動き出す。
「刺し殺されるのと、撃ち殺されるの、どっちがいい?」
佐江の唇の口角が持ち上がった。この人はなにを言ってるのだろうか? 由紀が頭の中で葛藤する。
「答えないんだ・・・」
佐江の右手がゆっくり持ち上がった。スミス&ウエッソンを由紀の頭に突きつけた。
「え? え? ええ?」頭の中が真っ白になった由紀の目が泳いだ。
後頭部に突きつけた拳銃の引き金を、何かを摘み取るかのようにゆっくりと引いた。
「いやーーーーっ!!」
至近距離から放たれた弾で、由紀の身体は反動でびくんと揺れた。そして、そのまま頭から地面へと倒れた。
遥香は2階のバルコニーから梯子を伝って、テラスの上でウージーを片手に星を眺めていた。
見張りと言っても、ただ1日こうしてテラスから景色を眺めているだけだった。
地図上に唯一載っていないこの教会と家屋のおかげか、未だに誰か近づいてくる気配は感じられなかった。
「はるごん、見張り代わろうか?」
梯子から顔を覗かせたのは敦子だった。よいしょと梯子を上り終えると、遥香の隣へ腰を降ろした。
「大丈夫です。私こんなことくらいしか出来ませんから」
立ち上がって両手を双眼鏡のようにして、周りを見渡した。敦子がふふっと笑う。
「さっきさ、はるごんが言ってたこと」遥香が両手を目から離して、敦子のほうを向いた。
「このままだと、私達死んじゃうんだよね・・・」
表情とは打って変わって、敦子の声は少し寂しげな色をしていた。
「じゃあ、戦いますか?」遥香が今度はウージーを構えて、ダダダダと撃つ振りをした。
「秋元先生や戸賀崎さんを人質に取って、首輪を外してもらえば、あとは逃げるだけですよ」
そう言うとウージーを降ろして、敦子の隣へ座った。
「今度はそんなこと考えてたの?」敦子が苦笑いをした。
「考えてますよ。皆が助かるためには、どうしたらいいんだろう?って。
でも、結局行き着く先は、時間切れで死んでる姿なんです・・・」
遥香が首輪に手をかけ、少しだけ俯いた。
「たかみなからさ」
唐突に話題が変わって、遥香が拍子抜けた表情をすると、敦子が少しだけ笑んでから、話を続けた。
「私が礼拝堂でお祈りしてたら、『神様なんか言ってた?』って聞かれちゃった」
海の向こう側を見つめて、敦子が笑いながら言った。
「なんか言ってたんですか?」敦子の顔を覗きこむ。
「非道いよね、神様何も言わないんだよ。何もしてくれないし・・・」
敦子の顔を覗きこんでいた遥香が、慌てるように顔を背けたのは、敦子の目が潤んでいたからだった。
「もしも・・・もしも神様が居て、はるかたちの味方なら、みんなこんなとこにいないですよ」
両手でお尻の埃を叩きながら立ち上がって、敦子のほうに振り返った。敦子は人差し指で涙を拭っていた。
そのとき、『いやーーーーっ!!』と、東方向の雑木林から悲鳴が聞こえた。
続けて、パンッと銃声が鳴った。
顔を見合わせてから、敦子が梯子を降りた。遥香はウージーを構えたまま、雑木林に視線を向けていた。
「あっちゃん、今の!」高橋が慌てふためきながら、敦子に寄り添う。
「近かったよね? 今まで一番」麻衣が部屋をウロウロしている。
「まいまい、落ち着いて。それから電気全部消して」
大江が部屋の電気を消し、リビングへと降りて行った。
1階の部屋の電気は既に里菜が消しており、部屋中のカーテンを閉めていた。
遥香が息を潜めて、雑木林を見つめていると、人影が出てくるのを確認した。
その人影が誰のものなのか確認しようと、バルコニーへと降りて、身を小さくし頭だけ出して、目を凝らしていた。
その瞬間、遥香がバルコニーからリビングへと駆け下りたのは、その人影が左手に持っていた物に、火を点けたからだった。
飛び居るように階段を駆け下りる遥香に、何事かとバルコニーの方へ顔を向けた敦子の視界に、きらっと光る物が映った。
そして、それは、放物線を描き、家の前へと転がった。1階から遥香が「伏せて!」と叫んだのが聞こえたのと同時に、眩い光とともにそれは爆発した。
カーテンを閉めたのは正解だったようで、割れた窓ガラスは飛び散らずに、窓の真下にバラバラと零れるように落ちた。
呆然と立ち尽くしていた敦子の目に、今度ははっきりと、缶のようなものを捕らえた。
それは、先ほどよりも近いところから飛んできているようで、1階の窓に向けて放たれていた。
敦子が耳を塞ぎながらしゃがんだとき、ダダダダと言う音とともに、それは空中で爆発した。1階の窓際に遥香がウージーを構えて立っている。それで手榴弾を着地前に打ち落としたのだった。
「みんな! 早く逃げてください!」遥香が叫ぶ。
ぱぱぱぱぱぱ、と遥香のとは別の銃声が聞こえた。
「あれ、誰!?」
「そんなのどうでもいいよ! 早く逃げよ!」麻衣の問いかけを、朝美が遮った。
敦子が1階へと急いだ。リビングに置いてある自分のバッグからグロック17Lを取り出す。
朝美の指示で、麻衣と高橋が玄関を抜けたとき、ぱぱぱぱぱぱ、と銃声が鳴り響いた。
「ぐぇ」っとカエルが潰れたときのような声がして、続けざまに朝美と里菜の「きゃー!」という叫び声が聞こえた。
敦子がその方向へと振り向く。
「いない! さっきまでそこに居たのに!」遥香が窓から顔を出して叫んだ。
いつの間にか敵は玄関側に回りこんでいたようで、不覚にも高橋と麻衣はその犠牲になってしまった。
「二人とも玄関閉めて!」敦子が叫んだが、玄関先で倒れている二つの死体を目の前にした里菜と朝美は腰を抜かしてしまい動くことが出来なかった。手榴弾が投げ込まれる。
遥香が助けに向かうために、踵を返したが、時既に遅く手榴弾が玄関に投げ込まれた。
爆音が轟く、今までで一番大きな音だった。爆風はリビングから窓へと吹き抜けた。
「りなてぃん!」敦子が玄関へと足を踏み込むと、遥香がその手を掴んだ。
黙って首を振ると、「逃げましょう」と落ち着いた声で窓のほうを指し示した。
「でも・・・」敦子が爆発で吹き飛ばされた玄関と遥香を交互に見る。玄関から差し込む月明かりに人影が映った。
「早く!」敦子を掴む手をさらに強めて、遥香は窓へと飛び込むように足を掛けた。つられて敦子も窓へよじ登る。
ぱぱぱぱぱぱ、と銃声が鳴る。遥香の脇腹に銃弾が2発当たった。
「はるごん!」
「私なら大丈夫です。早く逃げてください」遥香がウージーを敵に向かって撃った。
今度は敦子が遥香の手を取って走り出す番だった。教会の建物の向こう側の林まで走る途中に、遥香が窓から顔を出した敵の姿を見た。手にはマシンガンではなく拳銃を構えていて、こちらに向かってそれを3発放った。
その弾の1発が遥香の左腕に辺り、その反動で左腕が宙に跳ね上がった。
林の中へ入ったとき、またぱぱぱぱぱぱ、とマシンガンの銃声がして、木の枝を木っ端微塵に弾け飛ばしていた。
茂みを掻き分け、身を低くしてとにかく走った。
ぱぱぱぱぱぱ、と言う音が遠くなってきているのが判ったが、それでも尚、二人とも走るのを止めなかった。
どれだけ走っただろうか、マシンガンの音はいつの間にやら聞こえなくなっていた。
敦子の手から遥香の手が離れた。
「はるごん?」数歩後ろで遥香が息を荒げてぼんやり立っている。敦子が一歩近づいたとき、遥香がぐらりと倒れた。
慌ててそれを受け止める。そして、そのまま遥香は意識を失った。