闇の中を歩く音が辺りに響いた。手にはGPS機能がついた発信機を持っている。
「あ」麻友が小さく声を出す。峯岸が麻友の手の中にある発信機を覗き込んだ。
「また二つの反応だね」その声は苦笑いにも似た、少し反応の悪い言い方だった。
麻友の口がへの字に下がった。
「とりあえず、行ってみようか?」
峯岸が二つの反応の先に歩みを進めた。
夜のほうが動き易いと言い出したのは、麻友のほうだった。
こちらには発信機という武器がある上に、夜に行動する者は少ないんじゃないかと思ったからだ。
夜の闇より、昼間のほうが怖いと思うようになっていた。昼は自分の姿が周りから丸見えだから、闇は姿を隠してくれる。だから麻友は昼間が怖かった。
液晶の黒丸がほとんど真ん中に近づいたとき、峯岸と麻友は顔を合わせてから、慎重に茂みの中を進んだ。
茂みの奥に人影が見えた。一度死体を発見してからというもの、動いてるというだけで安心してしまった。
「優子?」峯岸が小さく呟くと、麻友が「え?」と峯岸の顔を振り返った。
視線の先には、優子が体育座りで座っている。
「峯岸さん」麻友が嬉しそうに峯岸の顔を見遣った。
峯岸は迷っていた。この子たちは味方だろうか、敵だろうか。ここまで来る間にメンバーの半分が名前を読み上げられていたことで、峯岸に迷いが生まれていたのだ。
「峯岸さん?」いつまでも動かない峯岸に、麻友が不思議そうな顔をする。
優子が大きな欠伸をしたとき、優子の向こう側で何かが動いたのを峯岸は確認した。
ここからじゃ見えにくいと思い、少しだけ移動する。誰かがバッグを枕に眠っているようだった。
その顔を見たとき、峯岸は茂みから飛び出していた。
「とも~み!」
優子が驚いてCz75を構えた。
「待って待って待って!」峯岸が両手を前に突き出し、優子を押しとどめる。
続いて、麻友が現れたことで、優子は目を見開いて両者を交互に見比べていた。
「私たち、なにもする気ないですから」麻友が幾分落ち着いた声で優子に向かって言った。
ほう、っとため息のような息を吐き、優子が銃を降ろした。
「もう、急にびっくりさせないでよ」心臓が飛び出るかと思ったよ。そう続けたあと、再び腰を降ろし、額を拭う振りをした。
騒ぎに目を覚ましたのだろう智美が、「ふぇ?」と言って辺りをキョロキョロと見回した。
それが可笑しくて、智美以外の三人が声を殺してくすくすと笑った。



島の北西の海岸沿いに、一軒の教会とそのすぐ後ろに西洋風の家屋が建っていた。
教会の礼拝堂で、祭壇に登りお祈りしているのは前田敦子だった。
両手を組み合わせ、目を閉じて俯いている。
「あっちゃん、ご飯出来たよ」
裏口から顔を覗かせたのは、高橋みなみだった。敦子は顔を上げ、高橋の方を向いた。
「またお祈り? 神様なんか言ってた?」
ははっと笑ったあと、高橋は祭壇の向こう側、ステンドグラスを見上げた。
「私達、神様に嫌われたんだね」高橋がそう呟くと、敦子が寂しげな表情で、高橋の視線の先を追った。
「そうなのかな?」
高橋の横顔を見てからそう呟いた。高橋はステンドグラスを見上げたまま何も応えなかった。その横顔は、寂しげでもあり、どことなく笑顔に見えるそんな横顔だった。
「おそーい! もう、まいお腹ペコペコだよぉ」
いつまでも帰ってこない二人を呼びに、大島麻衣が裏口で怒った風な口調でそう叫んだ。
驚いた敦子と高橋が、顔を見合わせふふっと笑いあったあと、敦子の「じゃあ、行こっか?」の言葉で裏口へと歩き出した。
「ちょっとなによぉ! なんで二人で笑ってるわけ?」
自分だけ仲間外れにされた気がした麻衣が、不機嫌そうにした。


「あ、きたきた。二人とも遅いよ」
テーブルを離れて、歩み寄ってきたのは中西里菜だ。敦子の背中を押して、テーブルに着かせてくれた。
「じゃあ、私はるごん呼んでくるね」
そういうと立ち上がったのは、大江朝美だった。2階にある広めのバルコニーで、一人見張りをしている仲川遥香を呼びにキッチン兼リビングを出て行った。
この家屋の大体の構図は、今敦子たちがいるキッチン兼リビングをキッチン側の扉を開けると玄関までの廊下になっている。その廊下のすぐとなりに2階へと続く階段。廊下を玄関のほうへ少し進むと、右側にバス・トイレ、反対側に小さめの寝室があった。
リビング側の扉を開けると、大きめの寝室が2つ。2階には子供部屋が2つあった。そして遥香が見張りをしているバルコニー。
「早く食べよ」麻衣がシチューをテーブルに運ぶと、椅子に座る。
「これ、りなてぃんが全部作ったの?」
敦子が食い入るように料理を見ると、麻衣が遮るように割って入った。
「まいとおーいえも手伝ったんだよ」自慢するように笑顔を作る。
「まいまいさん、玉ねぎの皮剥いただけじゃないですか」
高橋が笑いながら茶化すと、麻衣がぶーと頬を膨らませて不機嫌な振りをした。
「あー、お腹空いたぁ」見張りから戻ってきた遥香が、崩れるように椅子にドカッと座り込む。手にしていたウージーサブマシンガンをその隣にぶっきらぼうに置いた。
「はるごん見張りご苦労様。さぁ沢山食べて」
里菜がスパゲティを皿に装ってあげ、遥香の前に差し出した。
「さあ、みんなも食べよ」里菜の合図でいただきますをした。
空腹のせいもあるのだろう、皆の手は止まることなく料理を平らげていた。遥香の手が止まる。
「あのぉ・・・」遥香が回りの様子を伺うように目を右から左へと泳がせた。
「ん、なに?」
高橋がシチューのスプーンを口に付けながら遥香に「?」を投げかけた。
「見張りをしてるときに、ふと思ったことがあるんですけど」
そういうと、また皆の顔を見渡す。
「このまま、ここにいても結局は皆死んじゃうんじゃないですか?」
言った後、すぐに目を伏せた。敦子が俯く。
「ちょっとぉ、はるごんこんなときに止めてよね」
麻衣が口調をやや強めてから、遥香にそう言った。
「すいません・・・」伏せていた目がさらに伏せられ、遥香は拗ねたような顔をしていた。
「二人とも、もういいよ。シチュー冷めちゃうよ」
慌ててなだめる里菜が、遥香にサラダを勧める。
「でも、はるごんの言うとおりだよね」呟いたのは大江だった。「このままだと死んじゃうんだよね・・・」フォークでくるくるとスパゲティを巻きつける。
「私達が何もしなくても、半分のメンバーが死んじゃってるんだよね?」
敦子が皆を見渡したあと、最後に隣の高橋と目を合わせた。高橋が敦子の手をギュッと握る。
「な、なんとかなるよ。もう止めよこの話は」
わざとらしく明るい声で麻衣が取り繕った。それにあわせるような調子で里菜も麻衣に続いた。
「ごちそうさま。引き続き、見張りしてきます」
遥香が隣に置いたサブマシンガンを手に取り、リビングを後にした。
麻衣と里菜が顔を見合わせて、苦笑いをした。嫌な沈黙が続く。