このゲーム開始以来、一番大変なことといえば、やはりトイレだった。
AKB48は女の子の集団グループなのだ。男ならば意図も簡単にやってのける立ちションでさえ、女の子となるとやはりそうはいかなかった。
「ねえ、おしっこ・・・」
恵令奈が才加の袖を引っ張って、上目遣いでモジモジとした仕草をした。
「また? さっきもしたでしょ」才加が呆れた表情で、バッグを肩から落とすと、中からティシュを取り出した。
「ジュース飲みすぎるからそんなことになるんだよ」
バッグの中から取り出したティッシュを恵令奈に渡す。
「だって、沢山飲んどけって言ったの才加じゃん」頬っぺたをプクっと膨らませて唇を尖らせた。
「もういいから、早くしといで」はあ、とため息を付いたあと、思い出したかのように反対側に目を向けた。
「真奈美は? しとかなくて大丈夫?」隣にチョコンと暇を持て余している真奈美に向かって恵令奈のほうを顎でしゃくりながら尋ねた。
「大丈夫」チラっと才加のほうに笑顔を見せたあと、再び暇を持て余したように石ころを足で転がし始めた。
才加は近くにあった岩に腰を下ろすと、地図を広げた。
1時間ほど前にあった放送での禁止エリアを、もう一度確認しようと入念にチェックした。
そのときに、松原夏海、倉持明日香、成瀬理沙、川崎希、佐藤由加理、浦野一美、早野薫、篠田麻里子の名前が呼ばれた。
「お待たせ~」
用を足して戻ってきた恵令奈が、ペットボトルの水をハンカチに湿らせた。
「じゃあ、行こうか」
岩から腰を持ち上げた才加がバッグを肩に掛ける。
恵令奈が湿らせたハンカチで手を拭きながら、「ちょっとちょっと~、待ってよ~」と言いながら、自分のバッグにペットボトルを戻して肩に掛けて走り出した。
「真奈美も早く来ないと置いていくよ」
小走りに走り出す真奈美を、恵令奈は少し待ってから手を繋いで才加の元へと走った。



海岸の近くにある小さな小屋で、優子と智美は身を潜めていた。
優子が空き缶を焚き木にかけ、お湯を沸かしている。
ほとんど真っ暗闇の中、微かな月明かりと焚き木の火の明かりだけが二人を照らしていた。
優子がプラスチックのコップにインスタントコーヒーを入れてから、お湯を注いだ。一つを智美に渡した。
「とりあえずさっきも言ったように、これ以上死人を出さないためにも、明日からまたみんなを捜そう」
空き缶に残ったお湯を焚き火にかけて、火を消しながら優子がそう言った。
「でも、佐江ちゃん以外にも殺そうとしてくる人がいるかもしれない・・・」
暗くなったせいで、ほとんどシルエットだけになった優子を見ながら、智美はコップをグッと力を込めて握り締めた。
「うん、そうだね。でも、どこかで殺されるのを怯えながら身を潜めている子達もいるかもしれないんだよ」
優子はコップに口を付けた。月明かりで照らし出された優子の顔は、寂しげな表情だった。それで知美は反省するように俯き、コップを地面に置いた。
「もし・・・」優子の顔が闇に消えてから、再び口を開いた。
「もし、また誰かに襲われそうになったら、私が守るから」だから安心して。そう言ったあと、優子は智美に笑いかけた。その顔は智美には見えなかったが、十分に安心感を与えてくれた。
「月、綺麗だね」
優子が窓のほうへ顔を向けた。続いて智美も優子の隣へ並び、窓の外に視線を向けた。
「ほんとだ・・・なんか、こんなことしているのが嘘みたい」
それに関しては、優子は何も言わず、ただ黙って月を見上げていた。
梟がホーホーと鳴いたあと、がさっとと何かが落ちる音がした。
優子が窓から顔半分だけ覗かせて、智美の上に覆いかぶさった。
「誰か仕掛けに引っかかったみたい」優子が小さな声でそう呟いた。
昼間優子が作った仕掛けは、小屋を中心に半径30メートルに渡って張ってあった。
作りは意外と簡単で、木と木の間に糸をピンと張り、その間に石や大きな木の枝などをぶら下げて置くだけのもだ。もし、誰かがその糸に引っかかれば、それらが落ちる仕組みになっていた。
優子は息を潜めると、Cz75を構えたまま窓から慎重に辺りを見回した。
「もしかしたら、さっきの焚き火の光見られたのかも・・・」
智美が優子を見上げながら小さな声で呟いた。
「だとしたら、まずいな・・・見つかる前にここを出よう」
優子はゆっくりと辺りを警戒しながら、扉を開けた。安全を確認してから、智美と二人で小屋を出た。
ガサッ。またも何かが落ちる音がした。誰かが小屋の周りをグルグルと回って、見張っているような、そんな感じだった。
何かを思いついたように、優子が近くにあった石を小屋の後方に思いっきり投げ飛ばした。
その石は思ったより遠くに飛ばず、さきほどの窓の数メートル向こう側の木にぶつかり、下の茂みに落ちてガササっと音を立てた。
途端、パンッと銃の音が鳴り響いた。
優子は大きな目をさらに大きくし、智美の手を引っ張り音を立てないように茂みの中へと進んだ。


優子と智美は、茂みの中をザザザと走っていた。やみくもに走るのではなく、慎重に辺りを警戒しながら逃げていた。
さきほど小屋に近づいてきた者は、優子の投げた石の音に反応して発砲していた。
音に反応して発砲したということは、もしも優子と智美のどちらかが見つかっていれば、迷わずに殺しにきたかもしれない。
優子は何事もなく小屋を離れられたことに安堵感を覚えた。
「はぁ、はぁ、はぁ、こ、ここまで来れば大丈夫でしょ」
優子が地面に転がるように倒れた。智美も仰け反るように座り込み、ぜぇぜぇと呼吸をした。
「はぁ、はぁ、誰、だったん、だろう、ね」
「判んない、けど、逃げたのは正解だったかも」
優子がCz75をズボンの前に差込み、身体を起こした。
「今日はここで夜を明かしたほうがいいかもね」汗を拭いバッグからペットボトルを取り出した優子が、もう一度口を開いた。
「今頃どこかで、誰かが殺されてたりするのかな?」
智美の表情は終始暗く、膝を抱え込むように座っていた。
それに対し、優子は何も応えず、黙って智美に水を差し出した。
「とにかく今は、疲れを取ることだよ。さあ、少しでも寝な」
地面をばんばんと叩き、眠るように指し示した。
「そう、だね」智美がバッグを枕に横になると、疲れが溜まっていたのであろう、数分もしないうちにスースーと寝息を立て始めた。
優子は智美の寝顔を眺めながら、未だ死んでいない者の安否を願った。