「恵令奈、頼みがある」
才加が上半身を起こし、恵令奈に向かって言った。
「針と糸、持ってない?」
恵令奈はキョトンとした表情で、才加を見つめたあと、思い出したように、バッグの中を漁った。
「これなら…」
恵令奈が差し出したのは、自身の裁縫道具だった。
「糸は、もっと丈夫なやつがいいんだけど」
才加がキョロキョロと辺りを見渡す。
「探してみる」
恵令奈は倉庫の中に積んである箱の中を漁り始めた。
「真奈美、お湯、もっと沸かして」
先程、真奈美が作業をしていた場所から、湯気が出ているのに気付いた才加が、真奈美に指示を出す。
真奈美が、右手で目を拭うと、「うん」と頷き立ち上がる。その目は、赤く腫れ上がっていた。
バッグから水の入ったペットボトルを取り出すと、鍋の中へと注いだ。
「あった」
恵令奈が箱の中から、木綿糸を引っ張り出す。
「これでいい?」
才加は返事をする代わりに、頷いて見せた。
「じゃあ、その一番大きい針と糸を、お湯の中に入れて消毒して」
恵令奈は、才加が何をしようとしているのか判らず、言われたままをとりあえず実行した。
お湯が完全に沸騰するのを見て、才加が針と糸を二本の棒で取り上げた。
針に糸を通し、恵令奈に手渡す。
針と糸を手のひらの上に乗せたまま、「?」の表情を浮かべた。
脇腹の傷にあてがってある布を剥す。
「くっ…」
血でベッタリと張り付いていた布は、剥すときに才加に苦痛を与えた。
「恵令奈、その針と糸で傷口縫ってくれる?」
「ええ? む、むむ無理だよ」
恵令奈が一歩後退りした。
才加は、真奈美の居る向こう側に、ウィスキーの空の瓶が転がっているのを見た。
「ここ、お酒あるの?」
真奈美が才加の視線を追うように、ウィスキーの瓶を見てから、頷いた。
「持ってきて」
真奈美が木箱のある場所へと走り、お酒を取り出した。
その間中、恵令奈は才加の傷口を見つめて、震えていた。
「はい」
真奈美の持って来たお酒の瓶を受け取ると、蓋を開け、自分の脇腹、つまりは傷口部分に引っ掛けた。
「…んんっ…」
お酒のアルコールが、傷口に染みる。
「さあ、恵令奈、縫って」
その光景を見ていた恵令奈が、震えながら、首をぶんぶんと振った。
「お願い。みんなを助けに行くためなんだ」
才加の真剣な眼差しに根負けしたように、恵令奈が才加の傷口に近付く。
「雑巾ぐらいしか、まともに縫ったことないよ」「十分だ」
母親が、ボタン付けくらい自分で出来るようになりなさいと、渡してくれた小さな簡易裁縫道具。こんなことなら、ちゃんと練習しておけばよかった、と恵令奈は思った。
「くくっ…んっ…」
一縫いするごとに、才加が苦痛で顔を歪める。その度に恵令奈は手を止める。
十五分以上経っただろうか。傷口を全て縫い終わった恵令奈の顔は、酷く疲れきっていた。
才加の額にも、脂汗がにじみ出ていた。
真奈美はと言うと、その光景に絶え切れず、少し離れた場所で、後ろを向いていた。
「さあ、ここを離れよう。荷物まとめて」
才加が、脇腹を押さえながら、立ち上がった。
恵令奈と真奈美が、残ってる食料と水をバッグに詰める。
それを見て、才加はあることに気付いた。
「私のバッグは?」
恵令奈が持っているバッグと、真奈美が持っているバッグ。そしてもう一つのバッグ。
それは、香菜の物であろう。てことは、才加のバッグは?
「―――あ」
佐江だ。佐江が持って行ったのだろう。それで辻褄が合う。
さらに才加は、最悪な事を思い出した。才加のバッグの中に入っていた、マシンガン。
佐江は今、それを所持している。
急がないと、みんな死んじゃう。