先週、ジャン・ジュネの「女中たち」という芝居を観に行った。親しくしている若い女優の古藤ロレナが「奥様」役で出ている。目白の「風姿花伝」という小劇場だった。演出は文学座の鵜山仁さん。鵜山はいまの演劇界で最も注目される演出家の一人である。早稲田小劇場を率いていた鈴木忠志がもう演出をしなくなったので、実質的には日本のトップの実力演出家と言っていいだろう。
古藤ロレナ(コトウロレナ)はルーマニア生まれで、父親は日本人、母はフランス系ルーマニア人である。12歳の時から日本で暮らしていて日本語は完璧だし、とても勉強家で、あのピーター・ブルックの劇団で学んだり、故国ルーマニアの演劇人とも付き合いがある。映画やドラマにも出てきたが、本人は舞台女優志向だ。
「女中たち」は面白い戯曲だが、何しろジャン・ジュネだから、芝居としては難物である。ジャン・ジュネは人殺し以外はほとんどの犯罪に手を染め、獄中で執筆をしたが、サルトルがその才能を見い出した。鵜山はこの難しい芝居をどう演出するのか、ロレナが若いのに貴族の奥様をどう演じるのか、興味があった。原作では若くない「奥様」役にあえて若いロレナを起用した鵜山の意図はどこにあったのか? ロレナも、起用が決まってから、自分がはたして貴族の夫人を演じられるのか悩んでいた。
二人の女中たちの過激なセリフの遣り取りがしばらく続いたあと、登場したロレナの姿に息をのんだ。ミンクのハーフコートに身を包んだロレナはまぎれもなく貴族の夫人になっていた。やっぱり、ヨーロッパ人の顔立ちが活きていたし、セリフの柔らかな調子が、女中たちのビシビシ脳天に響く会話とはまるで違って自然な感じだし、抑制もきいていた。
鵜山演出は、悪事をたくらんだ二人の女中の一方が睡眠薬を飲んで自殺するまでの流れをよりミステリー仕立てにして観客を引っ張っていこうとしていた。そうでなければ、この過激なセリフ劇は持たないと思ったのだろう。若いロレナの起用もうなづけた。表現が過剰でテンポの速い二人の女中のセリフ劇のなかに、違うテンションの人物を入れて、風を通そうとしたのかもしれない。
昨年、わが社で「これはあなたのもの」という戯曲本を出版した。ノーーベル化学賞を受賞したロアルド・ホフマンさんが書いた戯曲で、少年時代にポーランドでナチスのユダヤ人迫害を生き延びた経験を基にしている。日本で公演が実現し、84歳の八千草薫さんが主演して話題になった。その時の演出が鵜山仁だった。新国立劇場での舞台を見て、さすがは当代きっての演出家だと感心した。わが社で出したその戯曲本に、彼にも原稿を書いてもらった。鵜山は私と同じ大学の仏文科の少し後輩でもある。
そんな事があったすぐ後に、ロレナが「こんど鵜山さん演出の芝居に出るの!」 と言ってきた時には、不思議な縁も感じ、「これはすごい!」と嬉しくもなった。
NHKが今回の公演を番組にする。小劇場に5台ものテレビカメラが入ったそうだから、さぞかし役者たちはやりにくかっただろう。年明けにBSで放送されるらしい。
女優はどう成長してゆくのか、スター女優への道をどうやって歩むのか、とても興味がある。岸恵子さんと仕事でお付き合いし、「雪国」に出演した時の話を聞かせてもらったことがある。有名な豊田四郎監督にしごかれ、今でいえばいじめられもして、悩んで悩んでいた時に、主演の池辺良に救われたという。とても面白い話だった。大女優への転機になる作品だったようだ。
ロレナは今度の役作りでほんとに悩んだといい、しかし、そのことで女優として大きく成長する転機になるような気がする。実力演出家と出会い、女優として大成する道を歩み始めているように思える。ご本人はそのことがあまりピンと来ていないようだが。

