中村君とSublimeさん
学生時代からの友人、中村秀三君が先日、シャンソンのコンサートに誘ってくれた。彼がシャンソンを教わっているシュブリームSublimeさんと弟子たちのコンサートだ。去年も行ったけれど、今年もその熱気にいささか当てられた。その日の参加者は60人もいた。
日本でも本場のフランスでもシャンソンは廃れた文化のように思われているけれど、まだその灯は消えていない。中村君から「君も習えよ」としつこく誘われるけれど、僕はだめなのだ。昭和の初期に音楽学校(今の東京音大)でオペラを歌っていた母の遺言で、僕は人前で歌を歌ってはいけないと言われている(笑)。
その日の目玉はシュプリーム先生が歌うアズナブールだった。アズナブールは夏まで元気だったのに、10月初めに亡くなり、フランスで国葬が行われた。フランス人にとっていかに大きな存在だったのかが分かる。 若いマクロン大統領はほんとにアズナブールを聞いていたのだろうか? それはともかく、アズナブールは私たち世代にとっては青春そのものだった。LA BOHEME、HIER ENCORE(帰り来ぬ青春)、ET MOI DANS MON COIN(街角の瞳)・・・・・どれもが懐かしい。
シュブリームさんはその日、10曲以上のアズナブールを歌った。アズナブールへのオマ-ジュなのだ。最初に歌ったHIER ENCOREは大好きな曲で、感激した。
彼女は日本に来てもう30年以上になる。パリの生まれだけれど、南仏に親族がいるとも聞いた。土着のフランス人であるゴーロア的な気質も感じる。
生徒の中に、ジャック・ブレルという天才歌手の歌を習っている竹崎さんという男性がいる。その人が田舎の山梨に帰った時に自分は山に向かって歌っている、山には神が棲んでいるから、という話をされた。シュブリームさんがその話に深く感じ入った様子で、自分は今日はとてもいい話を聞いた、自分はそのことについて考え、何か書いてみたいといいだした。歌は古来、人の祈りから生れたといわれる。神が棲む山に向かって歌う、という日本人の信仰にも通じる話がフランス人の先生の心を動かしたようだ。
ヨーロッパに土着のケルト人たちは「森に神が棲む」という信仰を持つ人たちだ。先生の心の奥深くにもそいうい考えが眠っているのか? 私が著作権代理人をしているC・Wニコルもケルト人であるが、日本のブナの森に初めて分け入った時、涙が出て止まらなかったという。以来50年、日本から離れられず、日本人になってしまった。わが師匠の遠藤周作も、フランス留学中、カトリック作家たちのこころの中に棲むアニミズムの思想に気づき、それを研究した。このテーマはなかなか興味が尽きない。
シュブリームさんは東京だけでなく、横浜にも生徒がいるし、NHK文化センターの青山、横浜、八王子などでも教えていて、なんと教え子は合わせれば200人を超えるという。彼女の取り組みと努力にはいつも頭が下がる。なにより人柄がいい。なかなかの酒豪。日本酒が大好きである。昨年、彼女はフランス政府からレジョン・ドヌール勲章をもらった。日本での活動を評価されたのだが、僕も嬉しかった。
その日は彼女の誕生日コンサートでもあったが、前の日、仕事帰りに神楽坂で独り、日本酒を飲みながら、フランスにいる母に携帯から電話をしたという。「自分の誕生日は母のお祝いの日でもあるから」と彼女がいったので、はっとした。長い人生生きてきたが、自分の誕生日は苦しみの中から自分を生んでくれた母のお祝いの日でもあるという考えに至らなかった自分自身が恥ずかしいと思った。
コンサートの後で何人かで食事をしたが、「自分は独り身だけれど、教え子たちがいるから孤独ではないのよ」といったシュブリームさんの言葉もずしりと胸に響いたのだった。
