19日の「バルチュス展」の内覧会で、ドナルド・キ―ン先生にお会いした。お元気そうだったので内心ほっとしたのだ。
先生には、お元気でいて頂かないといけない。日本の文壇だけでなく、いまや、東北大震災後の日本人の心の支えになっている感がある。
私は内覧会の会場から出ようとしていて、入ってこられた先生にばったりお会いしたのだ。去年養子になった鶴沢浅造さんに腕を支えてもらいながら、結構、歩きがしっかりしている感じがした。 ご挨拶したら、明るい声を出されていた。御健在である。ただ、以前に比べ、ほんとに体が一回り小さくなってしまった。
昨年2月、私が著作権代理人をしているC・Wニコルの「来日50周年」パーティーで、来賓として御挨拶頂いたときは、壇上に上がるのが大変だった。足が相当弱っておられるという印象だった。
今年の2月だったか、、堤清二さんのお別れ会が帝国ホテルであった時、会場の出口のところに葬儀委員が並んだ中に、先生が椅子に腰かけておられた。その時はお話しも出来なかったが、黙してあまり表情がなく、お元気そうには見えなかった。もちろん、堤さんの死がショックだったのだろうが。
先生に初めてお会いしたのは、もう30年近く前になる。JR駒込駅から歩いて先生がお住まいのマンションを訪ねた。「源氏物語」について先生が福井県の武生(紫式部ゆかりの地)でなさった講演が素晴らしくて、新潮社としてその出版権を頂くお願いに伺ったのだった。夕方だったので、先生は夕飯の準備をしておられたらしかった。経木に包んだステーキ用の肉がキッチンの調理台からのぞき見えた。先生はずっと独身を通してきた。その時、私が帰った後、ひとりで食事する先生の姿を思い浮かべた。今は養子の鶴沢さんがお食事の面倒もみていらっしゃるのだろう。
先生は日本文化の応援団長のような方である。外国への日本文化の情報発信者であり、同時に今の日本人に日本の文化的伝統や生き方も教えてくれる大切な教師である。先日も朝日新聞で、オリンピック招致に成功して浮かれている東京の人間に、「もう東北のことを忘れたかのようだ」と苦言を呈されていた。今の社会を叱ってくれる人がだんだん少なくなってきた今日この頃、先生はほんとうにかけがえのない方なのだ。
むかし、中公新書で司馬遼太郎さんと対談された時、文学だけでなく、日本の歴史や文化全般について、その該博な知識・教養には驚ろかされたものだ。驚きとともに、日本と日本文化に対する愛情並々ならぬものを感じた。
先生にはまだまだお元気で、頑張って頂かないとほんとに困るのである。