正月の休みになると、日ごろ読めない本が読みたくなる。年末に書斎兼寝室になっている自分の部屋を片付けながら、うず高く積まれた本のなかに、むかし買ったまま読まずにいた面白い本を見つけるのは、ちょっと楽しい。平野威馬雄さんの『くまくす外伝』を見つけた。30年くらい前に買った本だ。南方熊楠という謎に包まれた博覧強記の天才がずっと気になっていたけれど、なかなか正面から向き合えないでいた。何しろ知の巨人である。田辺市から「南方熊楠賞」のご招待も頂きながら,なかなか伺えない。いい機会だから、今年は熊楠をきちんと勉強してみようかな・・・・・。
それから、去年出版された橋爪大三郎氏の「教養としての聖書」という新書も見つけた。遠藤周作門下の自分としては、先生に申し訳ないと思って「聖書」に何度かトライしたが、恥ずかしながら、結局、挫折して読み通せないできた。とにかく、聖書は読みにくい。「これを読めば聖書の中身が7割方わかる」というから、これはありがたいと思って、早速読み始めたら、この本は、確かに分かりやすいし面白い。中東にいま起きている問題も、イスラム教を学んだだけでは分からない。同じ中東から生まれたユダヤ教とキリスト教という二つの一神教の歴史やその本質が分からないと、理解が出来ないのではないかとずっと思っている。
ところで、年末から年始のテレビを見ていたら、瀬戸内寂聴さんがまあよく出てくる。なんだか、昔の元気な先生がまた復活したみたいだと驚いている。一ヶ月ほど前、NHKスペシャルが先生の最近の生活をドキュメンタリーにして、話題になっている。ステーキにしゃぶりつく顔がアップになっていた。赤裸々な告白もあった。
おん歳93歳。いやー、先生はやはり簡単には死なないお方だ。先生に最後にお会いしたのは何年くらい前だろう。世阿弥を小説にした『秘花』を新潮社から出して間もない頃だから、7年くらい前のはずだ。パレスホテルで落ち合い、用意した録音スタジオに入ってもらった。そのとき、長年、東京の秘書をしていたNさんが、「瀬戸内はもう何があってもおかしくない体です」と耳打ちしてくれた。その少し前に入院したとき、お医者さんからそう言われたというのだ。そういえば『秘花』も「最後の小説!」と銘うっていた。
ところがどっこい、である。その後、何度も「最後の小説!」が出された。昨年は胆嚢にガンが見つかり、いよいよか、と思われたが、また、お元気になって、最近のご活躍ぶりである。今度こそは、ほんとに「最後の小説」を執筆しているという。
寂聴さんに初めてお会いしたのは、いまから30年近く前。新潮社で私が制作していた映像にご出演いただいた。まだ、60代の先生には精気があった。毒舌も快調至極だった。その後は、講談社版「源氏物語」現代語訳に、おそらく10年近い時間を費やし、情熱は「源氏」に集中していた感じがした。ちょうどそのころ、講談社に対抗するつもりはなかったが、私はまた、新しい「源氏」の大型企画を携えて京都・寂庵を訪れ、その後何年か先生のもとに通うことになった。(つづく)